【大晦日】旧市街の夜と朝｜リアクション

【大晦日】旧市街の夜と朝

【華菜子と久雨、偶然友人と出会う】

　『年越しラーメン』と言うものがあるのをご存知だろうか。
　何でも岐阜の方にある伝統？で、近頃は全国に広がりつつあるらしい。そもそも年越し蕎麦は『一年の厄災を断ち切る』意味で食すので、切れやすい蕎麦が一番だろうが、お好みでうどんでもラーメンでも良い——のかもしれない。
　畑中華菜子の『猫島軒』でも、『年越しラーメン』を販売していたのだが——それでなく『年明けラーメン』まで販売していた——眉唾と言うなかれで、それらは寝子島の島民たちに大変歓迎されていたのである。

　そうなると店員たちは夕方に入る頃からは引っ切り無しの注文でヒィヒィ嬉しい悲鳴をあげつつ忙しく働き回る事になるのだが、華菜子はようやく出来た休憩の時間になると、店を抜け出てある店へ夕食をとりに向かった。

「五月ちゃん、今年も来たアルヨ！」　

　元気よく挨拶した相手は、幼馴染でクラスメイトの薄野五月。この店の長女である。
　——蕎麦屋『すすきの』。
　新年に向かって間違いなく旧市街一番に集客するだろうこの店では、知り合いを発見する事も多かった。
「今晩は」
　物静かな声で入店してきた声に振り返った華菜子は、浮舟久雨の偶然を驚く顔を見て、満面の笑みを浮かべた。

＊　＊　＊

「——まだあと数ヶ月あるけど、高校１年目は、すごく楽しかったアル」
「ああ。この１年、とても楽しかった。色々な事があったな」
　丁度この店に来るまでの道中に思い起こしていた顔の一つに出会って、久雨はもう一度、これまでの一年を振り返る事になった。
　
　——島に来て。ともだちと出会って。仲間ができて。友人も増え、共に過ごして。……いつの間にか、奴も居た。　
　私は……少しずつ棘が取れ、笑えるようになって。
　夏の日の帰り道には、ともだちと並んで、歌いながら帰ったりもしたな。
　青と茜が入り混じり、溶け合う空の色を今も鮮明に覚えている。

「……ああ」
　誰もいない道の真ん中、夜の闇に溶け込む声で、久雨は胸を押さえて感嘆した。
　——自分でも分かる。私の心は、少しずつ成長している。

「くーちゃんともお友達になれたし！」
「友人か、そうか。……その。わ、私にとっても、華菜子は大切な友人だ。次の年も、その次の年も、共に居てくれると嬉しい。よろしくな」
　久雨がつっかえながらもこうした言葉が言えるのは、まさに本人が自覚している通りの成長の結果だ。一年間クラスメイトとして過ごしながらそれを感じていたのか、華菜子も笑顔を一層深くした。
「来年も楽しい一年になるといいアルよね！」

　そんな風に会話を弾ませていると——途中何度か華菜子は伸びを挟んだ。高校生になっても、まだ夜遅いと眠くなってしまうのだそうだ——、出来立ての蕎麦の香りと共に、背後からよく知った声が響いた。
「お待たせしましたナノ！　大晦日限定のセットメニューですノー！」
「おお。貴様も働いていたのか」
　御薗井Ｅセレッソだ。今日は忙しい五月の為に、手伝いをしているのだと言う。
「そうか」と簡素に答えるものの、久雨の声には——五月の働く姿を遠目に見ていた時と同じ——尊敬の色が混ざる。
　一足先に大人の仲間入りをしているように見えるキビキビした働きぶりに、素直にそういう気持ちが湧いたのだ。
「来年は高校二年生！　後輩も出来るから先輩らしくお姉さんらしくなれたらいいアルナ」
　華菜子の言葉は、久雨の気持ちを代弁してくれた。
「五月チャンが厨房に入ってるから、特別美味しいノ」
「ああ、いいな。蕎麦も寿司も美味しそうだ。ゆっくり味わって食べよう」
　生まれて初めての年越し蕎麦を前に、久雨は感慨深げに箸を手に取と、五月とセレッソへの感謝の気持ちも込めてこう言った。
「良い年になりますように。いただきます」
　

　二人同時に横並びだったカウンター席を立って、会計をする時には五月が厨房から出てきてくれた。
「お味はどうだった？」
「美味しかった。……とても」
　すすきのの蕎麦は、久雨のひそかな期待に応えてくれた。初体験の感動が溢れているキラキラした彼の瞳を見て、五月は言葉少なな気持ちを受け取って笑顔になった。
「忙しそうだけど、あとちょっと頑張ってアル！」
　長くおしゃべりしている時間は無いだろうと気を使った華菜子が切り上げて、二人は五月とセレッソに手を振って店を出た。
「それじゃあ、私はこっちだから——」
　分かれ道で久雨が軽く手を挙げる。
　華菜子は彼女の姿が見えなくなるまで大きく手を振って、猫島軒に向かって跳ねるように軽やかに走った。　
「お腹も元気いっぱいになったアルから、お店の手伝い頑張るアル！」

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