真夜中スノーホワイト｜リアクション

真夜中スノーホワイト

●憎悪と、絶望と

　今年は暖冬だ、なんて言葉をここ近年毎年聞いている気がするけれど、夜は寒く、そして長い。
　朝鳥さゆるは熱を求めてその身をベッドに沈めていた。夢は見たくないわと笑った彼女に挑発されたと感じた男は、その身体をひたすらに貪った。さゆるはその男がどこの誰か知らないし、男もさゆるがどこの誰だかはどうでもいい。ただこの夜を共に過ごし、甘美で自堕落な熱を共にできればそれでよかった。

「夢は見たくないって言ったのだけどね」

　さゆるがシーツの海に溺れ果て、再びその瞳を開けば目の前には童話によく見る王子様、それから何人かの小人。ひと目で夢とわかると、物憂げに溜息を吐いた。
　小人が何人いるのか数えれば、７人。そして王子様、自分の傍らには齧りかけの真っ赤な林檎。……と、くれば嫌でも分かるというもの。
　白雪姫、ね。そう心の中でさゆるは呟く。ゆっくりと起き上がれば、自分はどうやら美しく飾られた棺の中で眠っていたらしい。正確には仮死状態だったのだろうが。

「あぁ、美しい姫よ……僕の国で一緒に暮らそう、君を妃に迎えたい」

　そうね、お話の中では王妃に一度殺されて、だけど結局は蘇生して王子様と結ばれてハッピーエンドだものね、とさゆるは微笑む。そして微笑んだまま、

「お断り致しますわ、王子様」

　と、言ってのけた。
　そう、彼女からしたらお断りなのだ。そんな安易なハッピーエンドをさゆるは求めていないのだから。
　立ち上がり自分が着ているドレスを見てみれば、一般的に絵本で見るような白雪姫が着ているドレスとして想像するものではなかった。白いレースやチュールがふんだんに使われ、胸元はふんわりとした印象を受けるのにコルセットで美しく締まった腰は細く、そこから広がるドレスは膝上中央部分から切込みが入ったマーメイド風のもの。
　歩くたびに白く美しい脚が覗いて、どこか退廃的で物憂げな印象を受ける。子どもじみたドレスじゃなくて良かった、なんて思いながらさゆるは呆気に取られる王子と小人たちを置いて歩き出す。
　待ってと声を掛けられたけれど、振り向かない。自分は白雪姫なんかじゃない、王子様とのハッピーエンドなんていらない。

「王子様でも、誰でも……あたしを救える者なんてどこにもいないのよ」

　例え夢の中であろうとも、さゆるの心は揺るがない、それは狂的なまでの何かがあった。
　それから暫くすると、白雪姫が生きていることに気が付いた王妃が老女に化けて毒林檎を片手にもう一度白雪姫……さゆるの元へ訪れた。二度も同じ手を使うなんて、と思いながら相手をしてやれば、王妃はあの手この手で林檎を食べさせようと躍起になっている。
　つまらない化かし合いだとさゆるは王妃に向かって傲慢に言い放つ。

「回りくどいのよ、王妃様。……確実に人を殺すのなら、毒なんか使わず自分の手を文字通りあたしの血で汚しなさいな」

　その毅然とした態度が、また王妃の憎悪に暗い火を点す。

「生意気な娘だこと、死ぬのが怖くないと言うのかい？」
「……あたしはどうせ、一度はあなたに殺されてるはず。なら、二度死ぬのも三度死ぬのも同じことよ」

　淀みなく偽りないその言葉は、白雪姫であるさゆるを儚くも美しい存在へと押し上げる。そして、そこに秘められた底無しの絶望は王妃の憎悪を燃え狂わせるのだ。

「お前の望みは私の望みだ、白雪姫……！」

　鈍色の刃が閃いて、その鋭い切っ先が胸へと吸い込まれていくのを、まるでスローモーションのように感じながら、さゆるはそれを受け入れる。
　真白なドレスが真っ赤に染まって、綺麗。そんなことを思いながら王妃を見れば、その顔は泣いている自分自身のようにも見えた。
　――――馬鹿ね、望みを叶えておいて泣くなんて。
　これ以上夢なんて見ないようにと願いながら、さゆるはそっと目を閉じた。

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