それでは追試を始めます　～それぞれの喜怒哀楽～｜リアクション

それでは追試を始めます　～それぞれの喜怒哀楽～

●山田勘三郎の追試を始めます

　家庭科なんかで補習とか冬休みを削られるとか、マジであり得ねぇ。そう思いながら勘三郎は適当に空いている椅子に座った。
　期末テストは神魂のせいでカンニングに手を出してしまったが、なんとか赤点は一教科に留まっていた。それが、何故か家庭科だったのだ。
　追試前日は期末テストの前日のように、脳内でＣＭソングがエンドレス再生されることもなかったし、教科書をある程度読み込んでおけばなんとかなるのが家庭科、いける！　と意気込んで勘三郎はテスト用紙を捲った。
　さくっと終わらせて、さっさと帰ろうと思っていたのだが。洗濯表示の見方だの、栄養バランスがどうとか、そんな問題を解いていたら、何故か頭の中にベタな闘病ドラマの設定とかべったべたのお涙系感動ストーリーが構築されていた。

「……いかん、泣けてきた」

　まさかの妄想で鼻の奥がツーンとして、知らずの内に涙が溢れそうになるなんて自分のキャラじゃない。そう思いながらポケットを探るけれど、ハンカチなんか持ち合わせいるようなガラでもなかった。
　仕方なく、制服の袖でごしごしと拭いて目頭を指で押さえると、また問題へと向きなおる……のだが、問題を解いていくのにあわせて脳内のストーリーもがんがん進んでいくのだ。
　寝室の環境についての問題を読んでいる間に、ヒロインの病状が徐々に悪化していくのだ。そして問題の答えを書いている間にヒロインと擦れ違いを続けていた家族と、ヒロインの絆が深まるのだ。滅茶苦茶ベタなのに、なぜか切なくて心にくる。

『今まで、迷惑かけてごめんなさい……でも私ね、後悔なんてないの。自分の人生だもの』

　可愛らしい声が脳内で再生されて、勘三郎の涙腺に揺さぶりをかけてきた。

「くそぉ……コレは全部妄想だ、妄想。妄想なんかに負けてたまるか！」

　確かに、これは勘三郎の妄想だ。けれど制御のできない妄想、故に厄介としか言いようがない。くぅ、と呻きながら次の問題へと目を移す。
　植物の栽培について、という問題で種まきの時期などの問題だったのだが、勘三郎の妄想は植物といえば花、花といえば菊、菊といえば葬式、という連想をしてしまった。
　雨が降る中、ヒロインの少女の葬儀が始まり、参列者たちは悲しみに暮れている。

「ま、負けるか～！　俺はテストを解く……解くんだ……っ」

　完全に負けていたけれど、勘三郎は肩を震わせながら解答欄を埋めていく。

「ううっ、く、く……っ」

　低く呻く声は、周囲の人間には答えが分からず呻く声に聞こえただろうか。鼻を啜る音は、風邪気味なのだろうかと思われただろうか。
　そうだといいんだが、と思いながら最後の問題を読んだところで勘三郎の涙腺は決壊したのだった。
　どうかテスト用紙の解答欄にうっかり落としてしまった涙については、知らない振りをしてくれと思いながら、彼の追試は終わりの時間を迎えたのだった。

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