土曜日は島外で｜リアクション

土曜日は島外で

　寝子電に乗って、鎌倉から路線を乗り換えたら東京へ。
（うわー、久しぶりの休日って感じ！）

　駅から飛び出した篠原翠響は青く澄み渡った空を見上げて、ぐっと口角を上げた。
　優等生とは言え中学生の身分であれば定期的に休日はやってくるのだが、彼女は寝子島スポーツセンター内の体操クラブに所属しており、休みの日も大半の時間をそこで過ごすのだ。
　それにこのところはテストシーズンも重なっていた為、今日の日が久々だと感じていたのだろう。
　天気が良いなと思い立ったが吉日、さっさと外出の支度をしてやってきたのは、昔から若者の定番としてお馴染み、原宿は『竹下通り』である。

　近頃「KAWAII」と称されるアーティスティックなデコレーションがされたアーチをくぐって、人混みの中に身を委ねる。
　東京へ来たのは、半年ぶりだった。
　思い浮かんだ選択肢には渋谷や秋葉原もあったのだが、彼女の小遣いとそこで購入したいものを照らし合わせると、どうにも余裕がない気がして、商品が比較的安価な印象がこの街を選んだのだ。
　若者向けの雑貨屋や、古着屋の価格帯は彼女の手でも届く範囲だ。
　ピンクや黄色のパステルカラーが店頭に溢れる。適当な作りでも十分と言った感のある、猫やクマやユニコーンの、使えるのか使えないのかイマイチ分からない商品が、彼女を誘いかけた。
　これは……と思う商品が有ればと思っていたが、流行の最先端たるお洒落な店員たちに、「お手にとってご覧くださーい」と勧められると、どれもこれも良いものに見えてしまって悩ましい。
　翠響は「うーん……」と唸りながら財布の中身と相談し、「やっぱだめ！」と断念したり、「これは……買っちゃう！」と思い切ってレジへ向かったりと、買い物を楽しんでいた。
　そう、例え買えなかったとしても、買い物は楽しいのだ。　
　商品は見ているだけで目も喜ぶし心を弾ませる。
　高くて手が出なかった服やアクセサリーは、想像の中で身につけてうふふっと笑ったりすればいい。

　翠響は今日ぱっと思い立って出かけたから一人だったが、友人たちが一緒だったらとも考える。
（一緒にクレープ食べて、プリシール撮ったり——）
　向かいにあったプリントシール機の店を眺めた時、ふと階段を昇る男女の後ろ姿が目に止まった。
　そしてあの女の人が私だったら、隣は……と想像する。
　長い黒髪のポニーテールを揺らす自分の横に浮かんだのは、この頃翠響が気になっている一つ上の学年の彼の姿だ。
　笑いあっているあのカップルのように、彼と自分のデートを想像して、翠響の顔が耳まで真っ赤に染まった時——。
「お姉さん今一人ですか？　SNSとかやってる？」
　スマートフォンを片手に近づいてきた男性に顔を覗き込まれ、翠響の想像はぶつんと弾けてしまった。
「ID教えてよ、フォローしていい？」
　と一歩こちらへ迫ってくる男性に、翠響はふうっと息を吐き出してから顔を上げる。
　そして可愛らしい笑顔で「予約済み」と手を振った。

　それで彼女の休日はお終いだった。
　駅にたどり着くと、貰ったばかりのスカウトマンの名刺をカバンに突っ込み、もう一度通りを振り返る。
（今度はイリヤと一緒に行きたいな）
　——もし誘ったら、彼は一緒に来てくれるだろうか。
　夕焼けに微かに染まった色を隠して、翠響は帰路へついた。
　

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