霧の妖精のいたずら～寝子島の青空を取り戻せ！～｜リアクション

霧の妖精のいたずら～寝子島の青空を取り戻せ！～

「ここが本拠地ってことか」

　邪衣は普段通りの装いで湖のほとりに立っている。彼の周囲には霧がかかっていなかった。
　ろっこん『天の救い』は気象操作。小規模ながら天候を変化させることができる。
　可能な範囲で霧を消してみた結果、変わらず残った場所。そこに発生源、つまり霧の妖精がいるのだろうと踏んだ。
　どうやら思った通りだったらしい。
　三夜湖だけ白く霧がかかり、しかも刻一刻と濃度が上がっていく。現在進行形で霧を生産中のようだ。
　
「さて、十八番をとられるのっていうのはなんか癪だし、俺の冬眠……もとい昼寝の計画を邪魔したからには、それ相応の覚悟はしてもらおうか」

　邪衣は3回指を鳴らす。それはろっこん発動の合図。

「どっちの力が強いか。真っ向勝負といこう」

　霧の原理は気温の低下によって大気中の水分が飽和したもの。なら気温を高めて蒸発させればいい。
　地表付近からゆっくりと気温を上げていく。冬の最中とはいえ生き物もいるだろう。一気に高めるのは可哀想だ。
　湖の霧は下から櫛削られるようにその色を失い、徐々に視界が晴れていく。

　太陽の光のもと、湖の岸にいたのは一人の妖精だった。しかし、他の個体と明らかに違っている。
　全身から霧を発生させており、彼女の周りは妙にぼやけて見えた。その瞳には強い敵意がある。美しい女性の姿をしているだけに凄みを感じさせる険しい表情。
　おそらく最後の個体であるその妖精は、はっきりと意思を持っていた。
　
「怖いな。だが、はい失礼いたしました、というわけにもいかない」

　もし別の個体を知っていたら大きな疑問が生まれただろう。幸か不幸か、邪衣が会ったのは彼女だけだった。
　ゆっくり指を3回鳴らす。妖精の周囲だけ気温をさらに高めていく。
　発生する霧はそのまま空気に溶け込んでいき、湖の周囲は温度とともに湿度も急上昇した。まるでここだけが熱帯雨林のジャングルにでもなったかのようだ。
　邪衣は油断なく見据え反撃に備えたが、妖精はただ睨みつけているだけ。
　徐々に体の輪郭が薄れていくのにもかかわらず、ただひたすらに怒りを視線に込めるだけだ。
　
「……なんなんだ？　いったいどういうつもりなんだ」

　さすがに戸惑い邪衣が眉をひそめると、敵は力を振り絞るように全身を震わせて猛烈な霧を浴びせてきた。それは自身の蒸発すら厭わない体当たりのような攻撃だ。
　心理的な隙を突かれたせいもあり、かわせない。邪衣は顔面をかばいつつ、三たび指を鳴らした。
　
　風には風を。
　
　妖精との間に小規模の竜巻を創造し、霧を巻き込み空へと吹き飛ばす。
　渦巻く風が途切れた時、その場には邪衣以外、誰もいなかった。
　真夏のように蒸し暑い湖畔を、天高く昇った太陽が爽やかに照らし出す。
　
「あ〜、士ちゃんなのだ！」
「邪衣くん。もしかして妖精を倒した？」
「ん、ああ。まあ、な」

　駆けつけてきた二人と一匹に、曖昧に返事をして邪衣は若干濡れた前髪をかきあげた。
　ろっこんの効果が切れ、冷たい風が流れ込んでくる。
　
　最後の瞬間に目に焼きついた妖精の顔は、まるで泣いているように見えた。

「ちょっと後味が悪いな」
「なんなのだ？　具合でも悪くなったのだ？」

　きょとんとした後木の言葉に内心が漏れてしまったことを自覚した邪衣は、頭をかきつつ個人的に深刻な問題を口にして誤魔化すことにした。

「ん、いや何でもない。それよりも、だ」
「どうしたんだい？」
「……寮はどっちだったっけ」
「本当に邪衣くんはぶれないねぇ」
「こっちなのだー！」

　苦笑と朗らかな笑顔を前にして、邪衣は気持ちを切り替えた。
　考えても答えは出ない。ならせめて勝ち取った時間を有意義に使おう。
　
　大きくあくびをする。まだ昼寝の時間はたっぷりあるはずだった。

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