奇妙なお掃除｜リアクション

奇妙なお掃除

「ははっ。ほんと、すごいな、これ！」
　グラウンドの様子を一望して、八神修は笑う。
「ごめんね、八神君。僕がカレー食べようって誘ったりしたから」
「いや。面白いなと思って。むしろ誘ってくれてうれしいよ、こんな面白いの体験できたんだから」
　満面の笑顔で言われて、恵御納夏朝は気持ちがぐっと楽になった。内心ちょっと気にしていたのだ。
「そう。それならよかった」
「ああ」
　そして玄関前の階段に当たって、ぼよんと跳ねたもっふぁーのを修はろっこんで分解した。
　ふたりが今いるのは生徒玄関前だ。もっふぁーのたちはグラウンドだけじゃなく、寝子島高校の敷地内全部に降っている。グラウンドに一番多いけれどその分人手もあって足りているように見えるし、自分たちはどうせならこういった、意外と人目につきにくくて見逃されがちな場所を掃除しようとふたりで話し合ったからだ。
　部室棟から、衣類や備品を干すための物干し竿を借用した。事情は見れば一目瞭然だったから、特に説得も必要なく借りることができた。
　手の届かない位置にいるもっふぁーのに、夏朝は「えい！」とばかりにねこシールを飛ばして貼り付け、重くして下へ下ろす。そうする間も人の目が気になって、ちらちら周囲を見ていたら、それに気づいた修が
「大丈夫、みんな派手なグラウンドに注目してて、こっちには注意してないから」
　と言ってくれた。
「うん」
　夏朝はほっとして、ならもう少し派手にやってもいいかな、と複数のもっふぁーのにねこシールを飛ばし、一度に処理する数を増やすことにする。そして地面に下りたもっふぁーのを片っ端から借りてきた箒でばしばし叩いて、破裂させていった。
　そうしてふたりで協力して生徒玄関から職員玄関、東門、正門へと徐々に移動しつつ、もっふぁーのを片付けていっていると。
「なんかさー、このもっふぁーのって、エンジェルヘアーみたいだよな」
　突然修がそんなことを言い出して、夏朝はねこシールを投げる手を止めて彼を振り返った。
「エンジェルヘアー？」
「そう。いや、俺も直接には見たことないんだけど、なんかこういうふわふわした物で、手で触れるとゼリー状に溶けたとか、燃えるとマグネシウムを残したとか、いろいろ逸話があるんだよ」
「へえ。まあ、たしかに燃えやすそうな外見をしてるよね」
　ふわふわでもこもこだし。
　試しに手のひらでそっと触れてみたが、もっふぁーのはゼリーにはならなかった。ちょっと残念、と思っていると、やおら修がポケットからライターを取り出した。
「それ、どうしたの？」
「ん？　部室にあったの持ってきたんだ。これがエンジェルヘアーか試してみようと思って」
　夏朝はちょっと考え込み「やめた方がいいよ」と消極的ながらも止めた。
　グラウンドの方でも月詠たちが火を焚いているが、あれは先生の監督の下で、もしものときの消火用水も準備した上で行っている。しかしここは人目につきにくい場所だ。そんな所でライターで火を点けたりしたら、風に乗ったもっふぁーのが植木や花壇の花を燃やしたり、校舎の窓から飛び込んでカーテンを燃やしたりするかもしれない。
「そっか。だよな。気づかなかった。教えてくれてありがとう」
　夏朝の懸念を聞いて、修はライターをまたポケットにしまう。そして代わりに取り出した油性ペンを、今度はもっふぁーのに近づけた。
「なに？」
　肩越しに手元を覗き込もうとする。
「まあ見てろって。――できた。どうだ？　これ」
　と修が体をずらして夏朝に見せたのは。

　　 ｡・ω・｡

　顔の描かれたもっふぁーのだった。
　なんとも微妙な、それでいて味わいのある表情に、反射的、夏朝はプッと吹き出し笑う。夏朝にうけて、修も茶目っ気たっぷりにニカッと笑った。
「かわいいだろ？　ちょっとした悪戯心だよ」
「確かに……かわいい！
　いいなぁ、僕もなんだか描きたくなってきた……」
「恵御納も描くか？」
　修からペンを渡されて、夏朝は少しだけ考え込んだあと、もっふぁーのに顔を描いた。

　　（・ｗ・）

「猫さん」
　と夏朝に見せられて、今度は修が腹を抱えて笑う。
「し、しまった……ほんとに猫さんみたいでかわいい……割りにくい……！」
　じっと自分の描いたもっふぁーのを見つめていた夏朝は、おもむろにポケットからＮｙａｐｈｏｎｅ（スマホ）を取り出して、ぱしゃり！　と撮影した。
（保存保存……と）
　夏朝が撮影しているのを見て、修も新聞部の記事用にとスマホで撮影をした。
　撮影を終えると、ふたりは掃除に戻る。箒で掃いたりぱしぱし叩いたりして、正門までの道を掃除していったのだった。

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奇妙なお掃除

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