【期末テスト】赤点？満点？？冬寒波、四日間の死線＜物語編＞｜リアクション

【期末テスト】赤点？満点？？冬寒波、四日間の死線＜物語編＞

●テスト前日：歴史・文学・フォルクローレ

　いまさらな説明かもしれないが、星ヶ丘寮は各部屋は独立した建物になっていて、寮全体が“ひとつの町”となっている。ひとりに一軒、家が貸し与えられているようなものだ。寮に入るには、エントランスで身分証明証を提示する必要があり、チェックを受けて中に入ると、丘の斜面に１階建てや２階建ての部屋が独立して建っている。部屋と部屋の間は小道で繋がれ、敷地内には噴水広場やテニスコート、プールまである。
　家庭教師の二宮彰斗にとって、お金持ちの多い星ヶ丘寮はいい仕事場の一つだ。
　それでもここに来ると毎回ちょっと緊張する。
　メイドや執事が当たり前に闊歩する、この王宮めいたセレブっぷりに圧倒されるのだ。
「お金持ちってスゴイネ」
　彰斗が向かった先、今日の生徒は神薙焔さんである。

　彼は焔の部屋につくと、さっそく簡単に自己紹介とフレンドリーな会話をして生徒さんの気持ちをほぐす。
　焔のほうも、星ヶ丘寮でたまに見かけるかっこいい家庭教師のお兄さんに勉強を教えてもらえるということで、やる気充分。緑の瞳はなかなか賢そうだし、教えやすそうだ。

「どうせならしっかり綺麗に終わらせてクリスマス迎えたいよね～。しっかり要点押さえて、理解を深めようねっ。それじゃ早速始めようか。苦手科目は日本史・漢文とのことだけど……」
「そうなの。試験なんて普段から勉強してればコワくない……けど、一年前は日本にいなかったんで日本史や地理、古文、あと漢字とか日本語の慣用句とか、そのへんちょっと疎いのよね」
「そう聞いていたから、苦手科目と苦手分野のまとめプリントとテキストを用意してきたよ」
　彰斗が鞄から取り出したプリントを一瞥し、焔は、
「日本史の合戦関係はよく覚えてるのよ」
　と零した。
「地理も古戦場とかなら……自分でもゲームとかで調べるし……」
「そうだね、最近だと史実をモチーフにしたゲームも多いよね」
　もちろんやり過ぎに注意だけど、と彰斗は笑って、例えば、といくつか例をあげた。
「……なるほど、そこから知識を広げて行けばいいのね……」
「そうだね、歴史は物語だと思うと頭に入りやすいよ」
　彰斗が教科書では教えてくれないような歴史の物語的繋がりをざっくり語って聞かせると、思った通り焔は理解の早い女の子で、さっそく糸口を見つけたらしい。
「……へえ、幕末のあれこれには関ヶ原の合戦の始末と因縁から……島津の退き口からの所領安堵が幕末の薩摩藩に繋がるのか……」

　こうしてしばらく日本史の勉強をしたのち、小休止を挟んで、ふたりは古文に取りかかった。
　祇園精舎の鐘の音、からはじまることで有名な平家物語である。
　中学校まではドイツで過ごしていた焔にとっては、読みづらい文章も然ることながら、当時の日本の文化背景や世界観自体も理解が難しいところがある。
「近ごろは現代語訳版もいろいろあるけれど、今は時間がないからね。まずはざっとどんな話か説明しよう」
　彰斗はあらすじを語って聞かせる。
　すると教科書で読んでもさっぱりわからなかった物語が、焔の中に立ちあがってきた。
「へぇ……平教経って武将、カッコイイわね、強くてまっすぐで、能登守か。うん、面白いわね、壇ノ浦の合戦のクライマックスを知っていると後だと冒頭の『祇園精舎』の寂寥感もひとしおよね……」
「諸行無常――形あるものは必ず壊れる、戦乱の世、命も家も儚きものだったからこそ、当時の人はそう思うことが多かったんだろうね」
「諸行無常か、うん、通して読む気力が湧いたわ、文法はあとから付いてくるわよね」
　まずは物語として続きを読みたいと思わせる。
　そこから足がかりになるポイントを示してゆく。
　歴史も文学も『繋がっている』。
　そこに気づいてもらえれば、今日の授業は満点だ。
　そして焔は、とっかかりさえ見つかれば、自分で打破していける女の子だった。

「なんだか今まで見えなかったものがクリアになった気がしてすっきり！　あ、休憩してお茶にする？」
　焔が紅茶とチョコレート菓子を出してくれた。
「わぁ、ありがとう！　頂きます。やっぱり頭使う時には甘いものだよー」
　彰斗はにこにこと、それを口に放り込んだ。
　その横顔を横顔を眺めながら、焔は不謹慎にもこんなことを思う。
（それにしても、キレイな人よね、恋人とか、いないのかしら……）
　それは秘密。秘密の彰斗さんなのだ。