寝子島クリスマスマーケットを楽しもう！｜リアクション

寝子島クリスマスマーケットを楽しもう！

　手を伸ばす。ためらう。もう一度伸ばす。やっぱりひっこめる。
　もう何度繰り返しただろう。六月一日宮は顔を真っ赤にしながら苦悩していた。
　隣にはヴァイスヴルスをはさんだホットドックを幸せそうに口にする澪乃。先ほど『Mahlzeit』でシュトレンと一緒に購入したものだ。

　可愛い。
　澪乃は見ていて心が温かくなるほど、本当に幸せそうに食べている。
　六月一日宮にとっては一番好きな表情だった。
　だからこそつい手を伸ばす。大好きな人に触れたくて。
　でもためらう。付き合い始めたばかりで距離感がわからなくて。

「……やっぱり食い意地がはってるって思う？」

　苦悩の表情を勘違いしたのか、澪乃が少し恥ずかしそうに小首を傾げて問いかける。
　ああ、どうしてこんなに可愛いのだろう！

「そんなことないっすよ！　澄佳センパイはそのままでいいんすよっ！　やっぱり食べてる時が幸せそうっつーか、そういう顔、俺すごく好きなんで」
「あ、ありがとう。えと、じゃ遠慮なし！　檸檬くんも食べ歩きしようよ！」
「え？」

　おもわず間抜けな受け答えをしたことは許してほしいと六月一日宮は思った。
　自然に繋がれ、導かれるようにひかれる手。
　あんなにも遠かった距離が、澪乃によってあっという間に消えていたのだから。

「えと、迷子にならないように。……い、いいよね？」
「も、もちろんっす！」

　澪乃は照れたように、六月一日宮は真っ赤になりながらでも嬉しそうに。
　二人は笑顔で歩き出した。

　
　
「すっごい幸せなのだ～」
「うん。幸せなのは見てわかる。っていうか、いったいどこに入るんだ、あれだけのお菓子が」
「女の子には別腹ってものがあるんですよ！」
「いや、確かに別腹は医学的にも根拠があるらしいけれど、それ以前の量じゃないか？」

　口では呆れたような言い方をしながら、八神はむしろ楽しんでいた。
　後木の食べっぷりは気持ちがいいぐらいだったし、たくさんのスイーツを両手に抱えて歩く姿は見ていて微笑ましいと思う。

「ん？　マーブルさんから熱視線感知！　シュー君、フライドチキンの鶏肉部分だけならあげても大丈夫ですか？」
「ああ。ちょっとだけなら」

　人が食べるものは塩分や油が効き過ぎていて猫には良くない。それは椿も心得ているから、八神も多くは言わなかった。
　衣と皮を取り除いた小さな鶏肉をおすそ分けされて、満足そうになくマーブル。

「あ、ホットチョコが配られているのだ！　もらいに行くのだ」
「いいですねー。あったまりますよ！」
　
　会場中央のクリスマスタワーで3人揃ってホットチョコを受け取る。

「……うまうまなのだ～」
「ハムスターみたいだな」

　紙コップを両手で支えて飲む後木の姿は、たしかにハムスターがひまわりの種を抱えてかじっているように見えて、八神は胸の内が温かくなるような感覚を覚えた。
　だからだろう。
　飲み干してしまいほんの少しものたりげな表情を浮かべた後木に、迷わず自分の分を差し出していた。

「真央、あげるよ」
「いいのだ!?　ありがと修ちゃん！」

　にっこりと笑ってまたハムスターのように飲みだした後木は、途中で止まった。

「あ、でも修ちゃんの分……？」
「いいよ。さっきスイーツ分けてもらったから、今日はもう甘いものはちょっとな」

　本当はそれなりに甘味も好きな八神だったが男としてそれは言い辛かったし、なによりあんなに美味しそうに飲む後木の笑顔を曇らせたくはなかった。
　勉強を教えてもらうたびにお茶菓子をもらっていた椿は、八神の気持ちがわかったのか、何も言わずにマーブルをかまっている。

「ありがとなのだ。……甘くってあったかい。幸せなのだ～」

　後木は普段あまり見せないはにかんだ笑顔を浮かべた。
　きっとあたたかいのはホットチョコのせいだけではない。