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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
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狐のおでん屋
やがて、先ほどまでの喧噪が嘘のように屋台に静けさが戻る。
仕込んだネタも、もう残り数は多くない。
今日はこのあたりで店じまい、と思っていると、再び暖簾があがった。
「ここかね、猫たちが噂しとったのは」
よっこいしょ、という掛け声と共に椅子に腰かけたのは猫屋敷 宝。
狐面は洗い物の手を止めて宝に向き直る。宝は熱燗を頼むとその瞳を細め狐面をまじまじと見つめた。
「……道理でお主の屋台の周りには猫が少ないわけじゃ。お主、狐じゃな」
狐面は宝の言葉に僅かに反応を示すと、ぐい飲みを差し出した。
宝は一口飲んで一言。
「北国の酒じゃな。お主の生まれか？」
「じいさん、あんた何者なんだ」
並々ならぬ宝の雰囲気に気圧されつつ、狐面はかろうじて口を開く。宝はころころと笑って舐めるようにぐい飲みを傾けた。
「なに、あたしゃただの夜廻りよ。じじいの深夜徘徊とはちゃうわい」
「そりゃそうだろうけどよお」
柳のような宝の受答えに狐面も困ったように頭を掻く。
ひとまず皿におでんをのせ、宝の前へ差し出した。
ホタテやつぶ貝、根菜類の横には味噌だれが添えてある。
「近頃旧市街の猫たちが大人しいしとるような気がしてな。話を聞けばこんな屋台があると。合点がいったわ。猫は狐が怖んじゃな」
「……はあ」
「おお、美味そうな大根じゃな。大根を見ればおでんの良し悪しがわかるというもの……うん、美味い」
狐面を取り残したまま、宝は出汁の効いたおでんと酒に舌鼓を打つ。
「お主も飲め。じじいに付き合わんかい」
宝に促されて狐面も屋台の表に回り長椅子に腰掛ける。それを見た宝は満足そうに笑みを浮かべた。
「それは仕舞えなかったようじゃな」
宝の視線の先には大きなふさふさとした尻尾が覗いていた。おでんの出汁と同じように、金色に輝く毛並みは、猫のそれではない。
「俺のせいで猫が怯えていましたか」
「お主が悪いわけではあるまいて。生まれた種の宿命、本能じゃな。ごまかしがきかんのよ」
「そう、ですか」
「味噌だれもなかなかのものじゃな」
白いホタテの身に味噌を乗せ、美味しそうに口に運ぶ。味噌だれには山椒が混ぜ込んであり、それがよりおでんの甘みを引き出している。
「悪くない、とはいえ怖がらせてしまっているんですよね」
「逆にその方が都合がいい時もある。夜出歩くのは野良の子。それも大人のな。少しは怖がらせてやって、飼い猫や子猫たちの夜歩きを咎めてやらんと。
“言うことを聞かない悪い子は、狐やテンに攫われるよ”とな」
「我々は攫う側ですか」
「そういうことになる」
宝は狐面の反応に面白そうにころころと笑った。
「なに、心配せんでもそんなことをするような奴でないことはわかっとる。ものは例えようじゃな」
それでも出歩く猫は、と宝は続ける。
「お主如き構いもせんか、返り討ちにしてやろうとでも思っているやつじゃ」
「それは中々」
猫に引っかかれると痛いしなあ、と狐面も苦笑い。
しばらく宝がおでんを食べ進める音だけがしていた。
「なぁじいさん」
「なんじゃ」
「この島は面白いことが多いな」
「そうじゃな」
「じいさんの言うとおり、俺は北の出なんだけど、今なんでここでおでん屋やってんのか、よくわかってねぇんだ」
「そういうもんじゃよ」
宝は出汁を啜ると、上目づかいに狐面を見上げる。
「ひとも、それ以外も、今のことは今より後になってからしか気づかない。そういう風にできてるんじゃ。
今のことを今考えていたら身動きがとれんようになるじゃろ。動いてから初めてその選択がどういう結果になるかがわかるんじゃ」
それだけ言うと、宝はひょい、と椅子から立ち上がる。
「さて、お主のことを猫たちに話して来ようかの。悪い狐ではない、とな。
こんなじじいの与太話に付き合うてくれてすまんかったな」
飄々とした風に旧市街へ消えていく宝の背中を見送って、狐面はそのお面を外し屋台の机に置く。
暖簾を下げ、椅子をまとめると、狐のおでん屋は夜闇に溶けていく。まるで初めからそこにはなかったかのように。
きぃきぃという屋台を引く音だけが、旧市街の空に吸い込まれていった。
狐のおでん屋は明日もたくさんの具材を仕込んで皆様をお待ちしております。
仕込んだネタも、もう残り数は多くない。
今日はこのあたりで店じまい、と思っていると、再び暖簾があがった。
「ここかね、猫たちが噂しとったのは」
よっこいしょ、という掛け声と共に椅子に腰かけたのは猫屋敷 宝。
狐面は洗い物の手を止めて宝に向き直る。宝は熱燗を頼むとその瞳を細め狐面をまじまじと見つめた。
「……道理でお主の屋台の周りには猫が少ないわけじゃ。お主、狐じゃな」
狐面は宝の言葉に僅かに反応を示すと、ぐい飲みを差し出した。
宝は一口飲んで一言。
「北国の酒じゃな。お主の生まれか？」
「じいさん、あんた何者なんだ」
並々ならぬ宝の雰囲気に気圧されつつ、狐面はかろうじて口を開く。宝はころころと笑って舐めるようにぐい飲みを傾けた。
「なに、あたしゃただの夜廻りよ。じじいの深夜徘徊とはちゃうわい」
「そりゃそうだろうけどよお」
柳のような宝の受答えに狐面も困ったように頭を掻く。
ひとまず皿におでんをのせ、宝の前へ差し出した。
ホタテやつぶ貝、根菜類の横には味噌だれが添えてある。
「近頃旧市街の猫たちが大人しいしとるような気がしてな。話を聞けばこんな屋台があると。合点がいったわ。猫は狐が怖んじゃな」
「……はあ」
「おお、美味そうな大根じゃな。大根を見ればおでんの良し悪しがわかるというもの……うん、美味い」
狐面を取り残したまま、宝は出汁の効いたおでんと酒に舌鼓を打つ。
「お主も飲め。じじいに付き合わんかい」
宝に促されて狐面も屋台の表に回り長椅子に腰掛ける。それを見た宝は満足そうに笑みを浮かべた。
「それは仕舞えなかったようじゃな」
宝の視線の先には大きなふさふさとした尻尾が覗いていた。おでんの出汁と同じように、金色に輝く毛並みは、猫のそれではない。
「俺のせいで猫が怯えていましたか」
「お主が悪いわけではあるまいて。生まれた種の宿命、本能じゃな。ごまかしがきかんのよ」
「そう、ですか」
「味噌だれもなかなかのものじゃな」
白いホタテの身に味噌を乗せ、美味しそうに口に運ぶ。味噌だれには山椒が混ぜ込んであり、それがよりおでんの甘みを引き出している。
「悪くない、とはいえ怖がらせてしまっているんですよね」
「逆にその方が都合がいい時もある。夜出歩くのは野良の子。それも大人のな。少しは怖がらせてやって、飼い猫や子猫たちの夜歩きを咎めてやらんと。
“言うことを聞かない悪い子は、狐やテンに攫われるよ”とな」
「我々は攫う側ですか」
「そういうことになる」
宝は狐面の反応に面白そうにころころと笑った。
「なに、心配せんでもそんなことをするような奴でないことはわかっとる。ものは例えようじゃな」
それでも出歩く猫は、と宝は続ける。
「お主如き構いもせんか、返り討ちにしてやろうとでも思っているやつじゃ」
「それは中々」
猫に引っかかれると痛いしなあ、と狐面も苦笑い。
しばらく宝がおでんを食べ進める音だけがしていた。
「なぁじいさん」
「なんじゃ」
「この島は面白いことが多いな」
「そうじゃな」
「じいさんの言うとおり、俺は北の出なんだけど、今なんでここでおでん屋やってんのか、よくわかってねぇんだ」
「そういうもんじゃよ」
宝は出汁を啜ると、上目づかいに狐面を見上げる。
「ひとも、それ以外も、今のことは今より後になってからしか気づかない。そういう風にできてるんじゃ。
今のことを今考えていたら身動きがとれんようになるじゃろ。動いてから初めてその選択がどういう結果になるかがわかるんじゃ」
それだけ言うと、宝はひょい、と椅子から立ち上がる。
「さて、お主のことを猫たちに話して来ようかの。悪い狐ではない、とな。
こんなじじいの与太話に付き合うてくれてすまんかったな」
飄々とした風に旧市街へ消えていく宝の背中を見送って、狐面はそのお面を外し屋台の机に置く。
暖簾を下げ、椅子をまとめると、狐のおでん屋は夜闇に溶けていく。まるで初めからそこにはなかったかのように。
きぃきぃという屋台を引く音だけが、旧市街の空に吸い込まれていった。
狐のおでん屋は明日もたくさんの具材を仕込んで皆様をお待ちしております。
あとがき
担当マスター：
時織椎
ファンレターはマスターページから！
不肖時織です。みなさまお付き合いありがとうございました。
みなさまのお好きな具材は出て参りましたでしょうか。ちなみに時織は大根とごぼうとお豆腐が好きです。
ちなみにこちらのガイドを提出した直後に実家に帰ることがあったのですが、用意されていた夕飯がおでんでした。
ちょっとだけ運命を感じました。
それでは皆様、ご縁がございましたら次作でもよろしくお願いいたします。
時織椎
みなさまのお好きな具材は出て参りましたでしょうか。ちなみに時織は大根とごぼうとお豆腐が好きです。
ちなみにこちらのガイドを提出した直後に実家に帰ることがあったのですが、用意されていた夕飯がおでんでした。
ちょっとだけ運命を感じました。
それでは皆様、ご縁がございましたら次作でもよろしくお願いいたします。
時織椎
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2015年12月28日
- 参加申し込みの期限
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- 2016年01月04日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2016年01月04日 11時00分
