アレコレひゃっはーの日｜リアクション

アレコレひゃっはーの日

　薄青い空と海の境界が光の中で揺蕩う。星ヶ丘寮の自宅の庭から椿美咲紀は朝の眺望を楽しんでいた。パジャマにガウンを羽織り、手には竹で編んだカゴを持っていた。
「今日は良いお天気ですね。太陽さんから元気を貰える気がします！」
　目を細めて空に顔を向ける。ついでにカゴを両手で掲げて大きな伸びをした。
「ほのぼのしている場合ではありませんね。お野菜達が私を待っているのです」
　庭に面した日当たりの良いところにプランターがずらりと並んでいる。全てが野菜で順調に育っていた。
「庭に地植えもいいのですが、やはりプランターは楽でいいですよね。持ち運びができます」
　竹のカゴを足元に置いた。美咲紀は日当たりを考えてプランターの位置を細かく動かす。その合間に見つけた育ちの悪い一部の葉物を指で摘み取ってカゴに入れた。
　――ハムスター達の朝食にしましょう。
「それにしても野菜達は今日も元気なのです。プランターなので連作障害の心配はいらないですし、害虫の少ない季節で大助かりなのです」
　美咲紀は専用のジョウロを使って恵の雨を降らせた。青梗菜やほうれん草の活き活きとした葉が水を弾く。
　うっとりとした瞳でほうれん草のぴんとした葉を指でなぞる。
　――私に向かって小さな手を伸ばしているのです。目を閉じると心にほうれん草ちゃんの切なげな声が聞こえてきます。
『わたしを舐めて。奥歯で思いっ切り噛んで。口の中で弄んだあとは胃に落として。そしたらわたし、貴女の肉体の一部になって生まれ変わるわ』
　美咲紀は頻りに頷いて目をカッと見開いた。
「なんて健気なほうれん草ちゃんなのでしょう！　わかっていますとも。私が美味しく頂いちゃいます」
　育ちの良いほうれん草を引き抜き、ざっと土を払ってカゴに収めた。
　隣のブロッコリーは収穫には早い状態であった。葉は大きく育っていた。美咲紀は土の部分を指で押してみる。
「このくらいの渇きなら水はいらないですね。早く大きくなるのですよ～」
　笑顔で語り掛けると残りのプランターにジョウロの水を与える。食卓の彩りを考えてラディッシュをカゴの中に加えた。
　一通りの作業を終えた美咲紀がプランターと向き合う。
「明日は末っ子の小松菜ちゃんが獲れそうですね。種の植え付けをずらした効果で毎日が収穫祭なのです、えっへん！」
　上機嫌で邸宅に引き返すとカゴの材料を使用人に手渡した。素材を活かした調理方法を提案して美咲紀はテーブルにいそいそと向かう。
　窓辺の席で青い空を改めて眺めていると、良い香りと共に恭しく朝食が運ばれてきた。
「たまらないのです」
　白い皿の中央にふんわりとした玉子焼きが置かれていた。ソテーされたほうれん草が三日月のような形で囲う。皿の縁の方にはスライスされたラディッシュが重なるようにして並べられ、上から薄緑のソースを身に纏っていた。
　各種のパンは手提げカゴに入れられて脇に置かれた。
「それではいただきます」
　美咲紀はナイフとフォークを使ってほうれん草を切り分ける。玉子焼きの一部を乗せて口に運んだ。しっかりと噛んで味わって食べる。
　美咲紀は軽く息を吐いた。
「素材の味がしっかりしているのにえぐみがなくて、玉子焼きの相性もバッチリなのです」
　落ち着いた解説はここまでとなり、美咲紀は口と手を忙しく動かした。存分に朝食を堪能したあと、窓の向こうの空を目にした。
「今日も一日、元気に過ごせますね。お腹いっぱいで幸せ～」
　美咲紀は笑顔で掌を合わせた。

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