思い出のスノードームをつくろう｜リアクション

思い出のスノードームをつくろう

　雑貨店『memoria』の一角を用いて開かれるスノードームづくり教室に、めずらしく朝鳥さゆるの姿があった。
　目立たない片隅のテーブルに１人ついて、自分の作業に一喜一憂している者たちの声など一切耳に入らないといった無表情で座っている。
　わいわい、きゃあきゃあ。無邪気にはしゃぎながらみんなで同じ物をつくるといった、こういった喧騒の場は、本来さゆるは苦手な方なのではないだろうか。
　では一体なぜさゆるがここにいるのかといえば、声をかけられたからだった。
　それまで、トレンチコートとロングブーツを着こんで旧市街をぶらついていた。特に行くあてがあったわけではない。ただ、こうして歩いていれば夜までの暇つぶしにはなると考えたのだ。
（……まあ夜になったからって、何が変わるわけでもないけれど、ね）
　どうせ今夜も行きずりの相手との快楽に溺れる夜を迎えるか、睡眠薬で夢を見ない眠りに沈むかのどちらかなのは分かりきっていたから……。
　だからひと気のない路地の奥にひっそりとあった、見慣れない雑貨店の前に立っていた黒衣の女性に誘われたときもさゆるの第一声は
「それで暇がつぶせる？」
　だった。
　黒衣の女性――あとでこの店の店主で密架という名前と知った――は、そんな返しをされたのは初めてだというように、ほんの少し驚いた表情をして、でもすぐにくすりと笑って「ええ。スノードームづくりはとっても楽しい暇つぶしになるでしょうね」と答えた。
　女性の背後のショーウィンドウには、たくさんのスノードームが飾られていた。中に雪だるまが入っているだけのオーソドックスな物から、外観までこだわって、サンタクロースの担いだ袋がスノードームになっているような物まで。
（こういうのをつくる教室というわけね）
　少し迷ったが、参加してみることにした。だけどもし、「思い出のスノードーム」というテーマだと知っていたら、参加しただろうか？　さゆるは分からなかった。
　思い出。その言葉で浮かんでくるのは、９年前のあの冬の日だ。当時さゆるは６歳だった。その日はめずらしく寝子島に大雪が降った日で、星ヶ丘にある自宅のあんなにも広い庭が何もかも雪で覆われて、真っ白になっていた。あんな光景を見たのは生まれて初めてだった。
　その日、年中仕事仕事と、国内外を飛び回っていた両親も、めずらしくふたり揃って家にいた。おそらくは豪雪のため交通機関が麻痺したせいだろうと今であれば推察できるのだが、とにかくあのときはふたりが今日はずっと自分と一緒にいてくれると言ってくれたのがうれしくてうれしくて、幼いさゆるは飛び跳ねて喜んだ。そしてその日は雪だるまや雪うさぎ、天使づくり、雪合戦と、親子３人で思いつく限りの雪遊びをして過ごしたのだった。
　死んでしまって今はもうどこにもいないふたりとの、数少ない、親子の記憶……。
　きゅっと唇を噛みしめ、さゆるは手を動かし始めた。発泡スチロールで雪だるまを切り出す。雪だるまは３体。３段の雪だるま２体の間に２段の雪だるまが１体。親子だ。互いに手を伸ばして、つなぎ合っているようにした。子どもの雪だるまは上を向いて、左右の両親は下を向いて。とても楽しそうに、そして幸せそうに。
　失われて、二度と戻らぬ大切なものを、せめてドームの中でだけは……。
「閉じ込めておきたかったの……ただ、それだけよ」
できあがったスノードームを見下ろして、さゆるはだれにも聞こえない声でぽつっとつぶやいた。

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