ころは12月上旬。
旧市街を、白く長い髪をポニーテールにした小柄な女性が歩いていた。
わずかに130センチを超える身長でパッと見には小学生と思われがちだが、首に巻いたマフラーの下はしっかりと寝子島高校の制服である。
雨はないが、うす曇りの冬の午後。まだ4時だというのに、もう周囲は電灯が点灯するくらいうす暗い。
参道商店街で開催、展示されていた絵画の見学を終え、鞄とフルートケースを手に提げて帰路を急いでいた
冬月 詩歌は、ビュッと吹いた強い木枯らしに思わず立ち止まり、首をすくめた。
「冷たい……の」
早く帰らなくちゃ、そう思い、かじかむ手に手袋の上からはーっと息を吐きかけたとき。
にゃーーーご
ちょっとダミ声な猫の鳴き声が聞こえて、詩歌はそちらを見た。路地の入口にきれいな毛並みの――しかし面はぶさかわ系の――黒猫がいる。
大きな明るい緑の目と目が合った気がして見ていると、黒猫はふいっと向きを変え、路地に歩いて行ってしまった。
その姿が、まるで「ついて来い」と言っているように思えて、つい、詩歌は止まっていた足をそちらへ踏み出してしまう。
路地から一歩入ると、そこから先は好奇心が足を進めた。
1軒のお店が奥にある。
黒鉄でできた柵や蔦をイメージした黒鉄のついた張り出し窓といった、外装を見ただけで落ち着いたクラシカルな雰囲気が伝わってくる。両脇についた電灯も店の雰囲気に合わせて、黒鉄と青銅でできているようだ。
吸い寄せられるようにふらふらと、詩歌はそちらへ歩いて行く。
(ふわーーあ……)
柵に手をかけ、『memoria』との店名が打ち出された吊看板が風にキィキィ揺れるのを見上げる詩歌の視界の隅で、そのときパッとあかりがついた。
反射的びくついたが、すぐに人の接近を感知して点灯するのだと気づいて緊張を解いた。そして、そのまろやかで控えめな黄色い光でライトアップされたショーウインドウの商品、スノードームを、もっとよく見ようと腰を曲げて前のめりになったときだった。
「いらっしゃいませ」
突然そんな女性の声がして、またもや詩歌はその場で飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
あわててそちらを振り向くと、黒いストールを肩にかけた長い髪の女性が立っている。
「あ……あのー……」
どぎまぎしつつ、言い訳しようとする詩歌に、女性はほほ笑んだ。
「何かお気に召した商品がありましたらおっしゃってください。お取りいたしますわ」
そして空に視線を移し
「ここは寒いですから、なかでご覧になってはいかがでしょう?」
と言った。
人見知りの自分がなぜ言うままに従ったのか、詩歌は不思議だった。やさしげでおっとりとして見える姿や耳にさわりのいい声、うす暗い周囲にぼんやりと浮かび上がった店のムードが詩歌をリラックスさせ、緊張を緩ませたのかもしれない。
「ふみゅ~。……お邪魔します……」
カランコロン鳴るクラシカルなドアチャイムのついたドアをくぐり、おずおずと店内へ入った詩歌は、外から見て想像していた雰囲気そのままの店内に目を奪われた。
ひと目でアンティークと分かる商品が所狭しと並び――その陳列テーブルもアンティークだ――壁も人形やオルゴールなどで埋め尽くされている。なのに、不思議と統一感があって、雑多な印象は受けない。とても落ち着いた雰囲気のある店内だ。
「はい、これね」
店の様子に目を奪われている詩歌に、女性はショーウィンドウから出したスノードームを差し出してくる。それは一軒家で、この店にとてもよく似ていた。
外から前かがみになって窓を覗き込む少女の姿がある。
(これ……私、みたい、なの……。似てる……?)
もっとよく見ようと、猫のぬいぐるみを持ち替えて、女性の差し出すスノードームを手にとろうとしたとき。
「おーい密架ー、水のり足りねーんだけど! 予備ないの? 予備!」
こちらに向かって言っている、威勢のいい男性の声がして、またも詩歌は肩をびくっとさせた。
「聞こえねーのかよ! 予備って言ってるだろ? どこに――」
ガタゴト物にぶつかりながらこちらへ歩いてくる足音がして、真っ赤な髪をした少年が店の奥から現れる。
少年は、目をまん丸くして驚いている詩歌を見て、同じように驚いているようだった。
「……っだよ。客いたのかよ」
チッと舌を打ち、そっぽを向いて鼻の頭を掻こうとした少年だったが、両手がドームカバーと絞りつくされた水のりでふさがっているのを見て断念する。
「新しい水のりなら、棚の上の箱のなかに――」
密架と呼ばれた女性が言葉を返そうとしたときだ。
「……あっ、あの……っ、わた、私、これで……」
「え?」
「し、失礼します……っ」
詩歌はたどたどしく言うと頭をぺこっと下げ、それからは脱兎のごときすばやさでわたわたと店を飛び出した。
言葉をかける暇もなかった密架は、窓越しに一目散に逃げていく詩歌の様子を見て、ぽかりと少年の頭にこぶしを落とす。
「いてっ! なんだよ!」
「あなたが驚かせるから。おびえて逃げちゃったじゃないの」
「しょーがねーだろ! 客来てるって知らなかったんだから!
大体、あれっくらいで逃げるって何だよ? おれ、べつに何もしてねーぞ!」
「あなたは言葉もすることもいちいち乱暴なのよ。だからおびえるの。
もういいから、奥に行って見本用のスノードームをつくってなさいな。予備のある場所は分かったでしょ?」
「ちぇっ。なんだよ、ひと使い荒いな」
ぶつぶつ言いながらも言われたとおり戻って行く少年の後ろ姿に「あれで、手先は器用でできあがった品は繊細なんだから、不思議ね」とため息をついた密架は、あらためてついさっきまで詩歌がいた空間を振り返った。
「まったくもう。せっかくのかわいい来店者だったのに。あの子のおかげで、チラシを渡す暇もなかったわ」
そのとき、黒猫が自分の存在を気づかせるようにすりすりと密架の足元にほおをこすりつけた。
「あら? だっこ?」
と見下ろす密架に向かい、ぶみー、と鳴く。
密架はちらと後ろの人形たちに視線を流して、
「……あら。そう、あなたがしてくれたの。ありがとう、やさしい子ね」
うれしそうにつぶやくと黒猫を抱き上げ、褒めるようにその頭を撫でてやったのだった。
一方、路地を走り出た詩歌は2つほど先の交差点まで走り、そこでようやく足を止めることができていた。
切れた息をはあはあいわせながら、早鐘のようになっている胸に手を添える。
(つい逃げちゃったけど……悪いこと……しちゃったかな……)
「……うにゃぁ……」
少し後ろめたい気持ちになりながらも、もうしてしまったのだからしかたないと思い切ろうとして身を起こす。そのとき、ひじにあたった何かがかさりと音をたてた。
「……え?」
いつの間に突っ込まれていたのか、スカートのポケットに輪ゴムで止められた紙が入っている。
不思議に思いながらも開いてみると、それはあの店で今度開かれる手づくり教室の案内だった。
『あなたの思い出のスノードームをつくりませんか?』
こんにちは。はじめまして、寺岡志乃といいます。
今回のシナリオは、ちょっと不思議な雰囲気の雑貨店『memoria』で開かれる手づくり教室に参加して、スノードームをつくろう、というものです。
過ぎる今年1年を振り返って、あるいは心のなかに今も残る原風景、あるいは印象的な思い出のワンシーンを、スノードームで再現してはどうでしょうか。
※もし参照するシナリオがあります場合には、そのシナリオのページをお知らせください。執筆時の参考にさせていただきます。
【NPC紹介】
密架(ひそか)
下の名前です。苗字は不明。20代後半~30代前半。
雑貨店『memoria』の店主で、黒のタートルに生成りのロングスカート、黒のストールを肩にかけているという黒づくしな姿と落ち着いたふるまいから、未亡人ではないかという噂がたっています。
スノードームのつくり方を教えたり、店内の商品販売等接客をします。
中山 喬(なかやま たかし)
17歳。赤髪の寝子島高校2年4組。
口が悪く、所作は乱暴ですが、手先が器用で細かい仕事をいろいろとこなします。
今回は教室の隅で黙々と商品用のスノードームをつくっていますが、質問されれば答えるし、手伝いを頼まれれば手伝います。面倒なところは彼にしてもらうのも手でしょう。
また、当店に初来店いただきましたお客さまには1人1個、当店のマスコットキャラクターの黒猫をモチーフに使用しましたストラップを来店記念品として無料で配付させていただきます。
それでは、皆さんの個性あふれるアクションをお待ちしております。