＜月華＞風花は、白く冷たき針｜リアクション

＜月華＞風花は、白く冷たき針

急：感情の雪崩

「部長、元に戻ったんだっ！」
「ん？　……うん、もう、大丈夫」
　刹弦についていきながら、日暮ねむるは桜庭円がいつものように元気な笑みを浮かべている事に気付いた。円自身もやっと普段の自分に戻れた事に気付き、ほっ、とする。
（部長にまでこんな目に合わせるなんてね……）
　内心で沸々と怒りが燃えるねむるに、円はどこか悲しげな表情を浮かべる。何かあったのか、とねむるが問うと、彼女は自然と呟いた。
「刹弦の心が知りたいんだ。こんなことをした理由も」
　円はそっと刹弦の背中を見つめたまま言葉を続ける。
「少しでも、雪とかから読み取れないかな……」
「どうでしょうかねぇ」
　２人がそう言っている間に、中庭が見えてきた。白い髪の少年が、黒髪の２人の少年と向き合っている。
（あれは、サキリくん達？！）
　ねむるの背中に冷たい汗が流れた。

　――中庭。

（僕は……）
　志波武道と向き合ったまま、サキリ・デイジーカッターは双剣を握り締めた。胸の奥で、なにかがじりじりと焼けるような音がする。じわり、じわりと何かが燻り、やがてそれは熱となる。
（僕は、この熱を知っている。僕は、感情を失っても、『戦い』を求めている……）
　サキリが身構え、武道を見る。背後に複数の足音を覚え、刃引き刀と拳がサキリに襲い掛かる。サキリは、自然とそれらを受け流した。
「ちょっ！？　刀くんも蛇那伊君も落ち着いて！　サキリくんは操られてるだけだから多分ってこれって心が戻りつつある証拠なんだよＮｅ？　誰か答えて頂戴Ｙｏ！」
　武道が慌てて飛び込んできた２人に声をかける。だが、流れるような拳と刀の旋律は止まらない。サキリは慣れた様子で返したり、避けたり、受け流す。
（楽しかったことも、辛かった事も、全部僕にとって大切な『感情』の宝物。だから、これを失ってはならない）
　サキリたちが再び動きを止める。拳と刀へと双剣をむけ、互いに睨みあう姿に、周囲の者も思わず背筋を正した。
　飛び出しそうになる藍紗を、巻き込まれると危ないから、と新田亮が抑える。それに、サキリの場合は多少荒治療の方が覚醒を促せるような気もしていた。
「あら？　面白そうなことしてるじゃない」
「何してるんだ、デイジーカッター」
　尾鎌蛇那伊と御剣刀の言葉を受け、サキリは赤い瞳を僅かに細め、微笑んだ。
「そういえば、こうやって戦った事も、あったっけ。……志波先輩たちを見てたら、色々思い出したよ」
　涙を零し、サキリは双剣を下ろして掌を見つめた。流れる血の熱さが、彼の心を解きほぐしたらしい。
（血沸き肉踊る戦闘感覚。心の奥底から止め処なく湧き上がる戦いの情熱。刃こそ我が身、我が心なんだ）
　サキリの眼には、まるで熱した刀身を思わせるような輝きがあった。

（この騒動のうちにどうにか人を逃がせないか……）
（刹弦の気は完全に彼らに向いているもの。脱出だけなら何とかなりそうよね）
　脱出経路を探していた遥斗と紫は騒ぎの場所から少し離れ、顔を見合わせる。と、そこで夏神零と恵御納夏朝（夏夜）に出くわし、月華世界の住人たちがいる場所を教えてもらった。
　途中で八神修と椿美咲紀も加わり、４人は速やかに行動に出た。
　紫が見張りをしている間に修と遥斗が住人を騒動とは反対の方向へ連れ出す。美咲紀は不安げに騒ぎの方を見たが、紫は「大丈夫」と頷いた。
　住人達は、夏夜と零のお陰か全員我に帰っていた。遥斗は気合を入れて竹刀を振るい、ろっこん『風の籠手』を発動させる。舞い上がった雪に紛れ、住人達は宮を離れる。
「こっちだっ！」
　修が住人達を誘導し、どうにか雪のない場所まで案内することが出来た。美咲紀は他に囚われている人間が居ないかチェック。そのお陰か、どうにか零と夏夜が保護していた人々は全員脱出できた。
「ここから先は俺が先導する。……皆の事が気がかりだが……」
　遥斗と、そこに合流した紫で月華世界の住人達を一路雲の国へと連れて行く。その背中を見送った修は「頼む」と一礼し、美咲紀と共に騒動のほうへと進んだ。
　道すがら、美咲紀は少し悲しげな表情を浮かべる。それが気になった修はそれとなく問いかけた。
「美咲紀、どうした？」
「私、思うんです。刹弦さんは……私達をコレクションしたいから連れ去った、って訳じゃないかもって」
　攫うのに手間や魔力をかけているから、と付け加え、ため息を１つ。それには修も同意見らしく、静かに頷く。
「俺は、影の貴人たちも助けたいと思っている。恨みを晴らしたり、原因を解消できたら、彼らは……」
　そう言ったとき、冷たい気配を感じる。２人は、顔を見合わせ、その先を急いだ。

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