……アンド・ジャスティス・フォー・オール｜リアクション

……アンド・ジャスティス・フォー・オール

　インターネットの世界には、ノイズのように耳障りな情報があふれています。
　触れれば気分を害するとわかっているのに、後悔すると知っているのに、それでもそうした情報に手を伸ばしてしまうのはなぜなのでしょうか。
　それが人の性質だとか、一口で言ってしまうのはあまりにも簡単で無責任かもしれません。
　けれども案外、真実はそう表現するほかないものかもしれません。
　その夜、エレノア・エインズワースが何気なく紛れ込んだ匿名掲示板という密林で、寝子島の援助交際の話題に分け入ってしまったのも、人の性質もしくは業のようなものが、彼女をいつの間にか支配していたからかもしれません。
　性的なものを嫌い、そうしたものを遠ざけようとする普段のエレノアからすれば、徐々にアンダーグラウンド性を増していく話題を深奥へ深奥へと下っていくのは、奇矯な行動のはずですから。
　薄皮がめくれるようにして、エレノアはだんだんとその実態に近づいていきます。
「……」
　言葉はありません。ただ、信じがたい世界がそこにあったことだけは確かです。
　エレノアが好まないどころか忌避するような世界が。
　肉欲。
　カネ。
　その両方が取引される『市場』。
　年若い、それどころか小学生程度の幼い性を買おうとする男たち。
　若さに付随する権利として、平然と性を切り売りする少女たち。
　飛び交う、JK、JC、JSなどという略号。
　それはあまりにもドライな世界でした。情感の余地はなく、作り話にしてはシステムが完成されすぎています。異次元のことのようでいて、けれども表層世界を剥げばたちまち顔を出すような冷徹なリアリズムがありました。
　普段寝る時間はとうに過ぎていたのですが、エレノアはさらに底なしの闇へと踏み込んでいきました。
　そうしてやがて彼女は、性の売り手を偽って男を誘い出し、暴行した上で金銭を奪う少年少女の集団があるという噂にたどり着いたのです。
　古典的な言葉でいえば『美人局』となるでしょうが、『援交狩り』という奇妙にカジュアルな言葉のほうが、受ける印象に近いものがありました。もちろん、寝子島での話です。
　これを知っても、いささかもエレノアは驚きませんでした。
　人間が作るシステムは、どんなに完璧に見えようとも必ずほころびがあるものです。エレノアはそれを知っています。
　だからこの『市場』の穴を利用して、こうやって稼ぐ人間がいてもおかしくはありません。
　むしろ、単なる児童売春を『援交（援助交際）』などと言い換えて少しでも罪悪感を減らそうという覚悟なき大人の姑息さに、こうやって子どものほうが復讐しているのだという見方もできます。
　真贋は判然としませんが、近頃寝子島で頻発している具体的な事件も綴られていました。
　矛盾した感情かもしれません。エレノアはこれを見て、語られる陰惨なエピソードに対し、鉛を飲み込んだような不快感と、その鉛が七色をしていたかのような興味を同時に覚えていました。
　人間らしくありたい――エレノアは常にそう考えています。
　喰う、喰われるという食物連鎖だけであれば動物の世界と何も変わりませんが、ときとして被食者こそが最大の捕食者となる……そんな不条理は、人間の世界だからこそ存在するものと思います。
　タッチパネルを撫でる彼女の指はやがて、あるSNSを突き止めていました。

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