車内が深海を思わせるのは、単に暗いばかりからではなく、そこにほのかに青い、蛍火のような光が点在しているからでしょうか。
すべて携帯ゲーム機の光です。
あるいは、スマートフォンの。
ワゴン車の中では六人の少年少女が、一心にそれぞれの画面を見つめ、ゲームやSNSに没頭しています。
なかにはゲームで対戦している子同士もあるようですが、一言も話すことはありません。
ただただ、口をきくことを忘れてしまったかのように、指先だけを動かしているのです。
BGMは切ってあったり、あるいはヘッドフォンで聴いていたりするようで、ゆえにひたすらカチカチと、一心にシャープペンシルをノックし続けるような不規則なか細い音が聞こえる程度なのでした。
運転席には、くたびれたワイシャツを着た無精ひげの男が座っています。年齢は三十なかばくらいでしょうか。不健康そうな顔色で、髪も、泥まみれの犬が上がったカーペットのような状態でした。ネクタイの結び目も解けかかっています。ハンドルの上に組んだ腕を乗せ、半分眠ったような目をして微動だにしません。
どれくらいの時間、そんな光景が続いたでしょう。
「あれ……」
突然、運転席の男が口を開きました。半分以上、夢の中にいるかのような口ぶりです。
決して大きな声ではなかったはずですが、それを聞くや子どもたちは、やにわにゲーム機をたたんで男の視線の先を追いました。みな、食い入るような眼をしています。
運転席の男が示す指の先には、動くものがありました。
ネクタイ姿の中年男性が、暗い公園に入っていくことろでした。
浮わついているのか、誰かに見られることを恐れているのか、男性の足取りは血をたっぷり吸った蚊のようです。
ぽつんと、街灯がひとつきりともっていました。
柱時計の短針は9のところを指しています。
「おじさん……」
闇夜から浮かび上がる赤い点のように、少女がひとり、姿を見せました。
「掲示板に書いてくれた人?」
中学生、いや、小学校の高学年くらいでしょうか。狐に似た印象がありますが、はっとなるほどの美少女です。少女は唇を、ワイン種の葡萄で作ったゼリーのように歪めています。
「……3(さん)。約束だからね?」
中年男はひくついた笑顔を口元に浮かべて、肯定の意味の言葉を口にしました。
その背に金属バットの一撃が命中したのは、その三秒後のことでした。
後ろ膝に命中したのはさらに半秒後、
うめく後頭部に鉄パイプが振り下ろされたのは、さらに一秒後のことでした。
「制裁開始ーっ!」
「俺たち、正義だもんな!」
「死んでも構わねーだろ、こんなクソエンコー親父……」
そんな声を中年男性は聞いたかもしれません。
聞かなかったかもしれません。
翌朝、痛ましい事件が新聞に掲載されました。
暴漢の集団に一人の中年サラリーマンが襲われ大怪我したというのです。
惨劇の舞台は、旧市街の暗い公園です。彼は、その場所を通りかかったのは偶然で、帰路を近道しようとして暗がりに入ったと主張しています。
使用された凶器は、金属バットや鉄パイプと推測されました。男性はこれで頭といわず胴といわずあらゆる場所を四方八方から滅多打ちにされていました。
割れた頭部から激しく失血し、文字どおり朱にまみれながらも男性は暗い公園から大通りに逃れ保護されました。そこで力つきたのか、そのまま意識を失って入院しています。現在も意識の戻る気配はないようです。また、その所持品から財布がなくなっていました。
手掛かりは少ないのですが、意識を失う直前彼は「小中学生ぐらいの集団に……」とだけ言い残したということです。
警察は調査に入ったものの、今のところ手がかりはありません。
……というのが、公式に発表されている内容です。
インターネット界隈では、そこにとどまらないある噂が流れています。
このところこの公園付近では同様の事件が頻発しているらしい、ということです。
あるアングラサイトの掲示板を通して、微妙にぼかした写真でいわゆる『援助交際』を呼びかけてくる自称家出少女が出没しているそうです。けれど彼女は、俗に言うオヤジ狩りグループの一員で、自分を餌にしてターゲットを誘っているだけで、まんまとおびき寄せられた愚劣な男たちが、その報いを受けているのだと言われています。
驚くことにそのグループは、いずれも年端もいかぬ少年少女ばかりだという話です。彼らは『制裁』という大義名分のもと、自分たちの行動を正義だと信じており、その正義に賛同する外野の声も少なからずあると言います。
すでに複数回、この犯行は繰り返されているのですが、被害者たちは一様に口をつぐんで通報していないという噂もあります。それが真実だとしたら、グループの攻撃はエスカレートの一途をたどっているのでしょう。とうとうことが公になったのは、彼らの『正義』あるいは『暴力』が、もはや歯止めのきかない段階に達していることの証拠かもしれません。
あなたは、この事件に関わることにしました。
どのように関わるかは、あなた次第です。
桂木京介です。
おそらく私がこれまで発表したなかで、一番難しいシナリオだと思います。
なぜなら、これをハッピーエンドにできる自信がないからです。自分で考えても何も浮かびません。
子どもたちを全員叩きのめすにせよ、これ以上を思いとどまらせるにせよ、苦い結末になる可能性は大です。
とはいえ参加キャラクターによっては『ろっこん』が使えるでしょうし、それがなくても『全体を俯瞰で見られるプレイヤーの視点』があるゆえ、うまく運べば最高……とはいかずとも、悲劇性の低い結末にシナリオは転がるかもしれません。
けれど、私の貧相な発想力ではそれが思いつきません! プレイヤー様、どうかすばらしいアクションをお寄せ下さい。もしかしたら大団円にできるかもしれません。期待しています。
このシナリオに限っては、参加者間での行動方針相談を強く推奨いたします。
統一的な行動が取れていない場合、つまり、集まったアクションにおいて「叩きのめす」「説得する」が混在しているなどバラバラの場合は、参加者の行動がばらばら故の混乱した展開に向かっていくと思われますので……。
◆情報
シナリオガイドに描いた『インターネット界隈の噂』はほとんどが真実です。
◆情報2
以下は、インターネットにも流れていない情報です。(なので既知の情報には使えません)
犯人はある進学塾の生徒たちで、なんと講師が引率してこの行動に協力しています。この常軌を逸した行動が『ストレス解消』『団結力・集中力の向上』に役立っているらしく、彼らは皆優等生です。
それではまた、リアクションでお目にかかりましょう。