……アンド・ジャスティス・フォー・オール｜リアクション

……アンド・ジャスティス・フォー・オール

　プラスチックのスプーンを二つに折って、テイクアウト用のカップに入れフタを閉めました。
　ごちそうさま、と無言で両手を合わせてカップを『ザ・グレート・タージマハル』と書かれたビニール袋に入れ、くるっと丸めてゴミ箱に入れます。
　新テイスト……もうひとつ改良がほしいところだね、と呟いて天神平庵はベンチから立ち上がり病院に向かいました。一房だけピンク色の髪をちょいとかきあげ、空を見上げます。
　この季節らしくひりひりするくらい空気は乾いていますが、風はなく陽も出ているので思ったほど寒さは感じません。
　庵は腕時計に目を落とし、まだ余裕があることを確認してから総合病院の自動ドアをくぐりました。

　彼女は先日、天神平薬局の待ち合わせ室に置いた新聞で事件のことを知りました。興味が出て調べてみたところ、どうやらこうした事件は初めてのことではなく、むしろ氷山の一角でしかないという噂をキャッチしたのです。
　普段はマッドサイエンティスト然としていますが、庵の本業は薬剤師であり医薬の徒です。すなわち生命を扱う職業、噂が本当だとすれば、黙って見過ごせないと彼女が考えたのはおかしな話ではありません。
　――理由が何であれ、失われて良い生命も肉体もない。
　そう考えて庵は本業のかたわら、昼休憩のたびに外に出てはめぼしい病院を当たりはじめたのでした。
　事件について、警察は手がかりを得ていないということです。だとすればそれは、被害者が警察に被害届を出してないためとではないかと彼女は考えました。
　被害者も後ろ暗いところがあるからね――同情はしませんが、理解できる事情ではあります。
　ですが負傷したというのなら、病院には行くはずです。
　医療関係者なので仕事のついで、という体を保って、いくつかの病院で庵は証言を集めました。
「最近、不自然な怪我をした中年男を診なかった？　複数の人間に襲われたような」
　しかし医師にも守秘義務というものがあります。それとも、やはり被害者たちは病院には来ていないのでしょうか。なかなかこれといった話がつかめません。
　――今日も無駄足じゃなければいいが……。
　庵が苦い顔をしているのは、口の中に残ったグリーンカレーのスパイシー風味のせいばかりではありますまい。

　匕首を忍ばせる決闘者のよう、という表現も過剰とは言い切れないでしょう。
　市橋誉はそれほどに、緊張の面持ちで公園に足を踏み入れました。太陽は出ているので明るいはずですが、植物の配置が悪いのかそもそもの構造のためか、公園に入るなり大きな影に覆われたようになり、街の音も止みます。まるでこの場所だけ、一種の聖域であるかのように。

　報道された事件の舞台が、この公園だという証拠はありません。誉がネット上の噂を集めて、見当を付けただけの場所なのでした。警察によって事後の調査が行われたと思われますが、数日前のことなので痕跡はなくなっていることでしょう。
　けれども誉は直観的に、ここがその場所だと思いました。ネットで流れている噂では、別の公園のほうが有力と言われています。次にその場所に向かう予定もありましたが、もうキャンセルしてもいいかもしれません。
　理由は、うまく説明できません。けれども公園に入った途端感じた寒々しさ、肌が粟立つような感じ……そうしたものが、この場所の不吉さを語っているように思ったのです。
　土曜日の日中だというのに、あまりに暗く、侘しい公園ではありませんか。あらゆる物陰に闇が隠れているような錯覚を覚えました。
　犯人グループがまさか昼間にこの場所を徘徊しているとは考えにくいし、実際にいたとして、いきなり仕掛けてくるはずはないでしょう。それでも用心のため持参した催涙スプレーの位置を、誉は無意識的に服の上から確かめていました。
　昼間のうちに調べておくべき場所は少なくありません。公園の立地、出入り口、人目に付く・付かない位置の確認、隠れて公園内を観察できる場所の確保……今のところ人の姿はないですが、できれば誰かに見つかるより先に、済ませておきたい。
　しかしその願いは叶いませんでした。
「そこにいるのは誰だ！」
　誉は背後から、大きな声で呼びかけられたのです。

このページにイラストを設定する