【先輩に甘えよう】

「今日はふたりに、奢るＤＡＹ♪」
　なんてにこやか、呉井 陽太センパイが言った途端に。
「マジかーっ！！　さっすが年上、太っ腹！」
　普段は気さくーなタメ口なのに、こんな時だけちゃっかり先輩扱い、楢木 春彦。
　それに……きらーん！　無表情のままながら、静かに瞳へ灯る光が、これでもかと物語っております。須崎 蒼志！
「……いいんっすか？　俺、遠慮しないっすよ？」
「いいよぅ、ちょうどバイト代入ったからねぃ。ふたりにはお世話になってるから、今日は大奮発ぅ♪」
　といった陽太のキモチは、ふたりには大変にありがたく……そして彼は少々、軽率であったと言えるかもしれません。何せ育ち盛り食べ盛りな男子高校生たちでありまして、春彦などは、よっ！　ほっ！　なんてウォーミングアップも万全に、
「そんじゃ、全力っ！　でオゴってもらわねぇとなーっ♪　おい須崎、ここは全メニュー制覇、いっとくか？　なっ！」
「いや、俺、最初からそのつもりだけど」
「全メニュー……だと……？」
　蒼志の静かな面持ちの中でギラギラと、食という名の獲物を狙うハンターのごとくにきらめく瞳を見るに、陽太もこれは少々、やっちゃったかなー？　なんて思わなくも無いのですけれど。
「……まっ、たまにはいっかー♪」
　幸いなことに、場内のメニューは通常では考えられないような、破格でお得なご奉仕価格となっております。ここはひとつ、言葉通りに先輩らしいことをしてみるのも、悪くは無いかもしれません。
「っつーわけで、出発！　さーて、何から行っかなー。寝子島丼だろー、スペシャルお好み焼きだろー」
「ん、粉もんは鉄板だな、外せない。じゃあ、とりあえず端っこから片っ端に……」
　はしゃぐ後輩、友人たちの微笑ましい姿など眺めてみますと、細目もますます細まってしまう陽太でありました。



　まずは定番、『寝子島丼』！　ほかほかの釜揚げしらすとご飯の突き崩しようがない絶対的コンビネーションを、お箸でずががっと口に頬張りまして、
「……うンまーっ！　やっぱ、寝子島ったらコレだよなー♪　小さい身にぎゅっと詰まった旨味が、噛むほどじわっと口の中に広がって……って、でけぇー！？」
　はふはふっと堪能する春彦がふと目を見開いたのは、蒼志がぱくりっとかぶりついたところの、寝子島近海で獲れたてピチピチ魚介類をふんだんに投入した逸品。『寝子ヶ浜スペシャルお好み焼き』……の、超・特盛！
「一番でかいの頼んだからな。うん……さすが、寝子島の魚介メニューは間違いないな。脂が乗ってて、身も締まっててぷりぷりとしてて、絶品だ。ウマイ」
　巨大！　とにかく巨大なお好み焼きでありました。どっしりもちもちな生地に、たっぷりの香ばしいソースとマヨネーズ。ぱくりとかじればあふれ出す、爽やかな磯の香り。豊富な海の幸を誇る寝子島の食文化を余さず網羅するかのごとき、これぞ寝子ヶ浜スペシャル！
「やー、春彦君も食べるほうだと思うけど……蒼志君は、ダントツだねぃ」
「いやいや、呉井センパイ。まだまだ、これは序の口だぜ？　なあ須崎」
　ぱくり、ぱくぱくと瞬く間に欠けていくお好み焼きに、春彦は陽太へいたずらっぽく言うのです。
「ん、うん、美味い。ふぅ、美味かった……さて、次は何行くっすか？　次は甘いもんいきたいな、しょっぱいのと甘いのを交互にってのが定番だし」
　特大お好みをぺろりと完食してなおひとつも衰えることのないこの食欲には、陽太もそろそろおサイフの心配を本格的にし始める頃合いでありました。
「楢木君、甘いので何か、美味そうなのあった？」
「甘いモンか、ならそこの屋台のたい焼きとか……クレープ、ワッフルに、あー鈴カステラもイイよな！　食べ歩きにピッタリで」
「ああ……どれも良いな。よし、全部買おう。そうしよう……」
　と、蒼志はゆらゆら～っと、惹き付けられるようにたい焼き屋台へ。甘味の定番、たい焼き屋さんではちょうど、焼き型にとろーり、たっぷりと生地を流し込んでいるところでありまして、じゅうという魅惑の音が店先へ響き……傍らにはもちろん、小豆たっぷりのアンコがスタンバイ！　抗えないのも、無理はないのです。



「やっぱ肉だろーっ肉肉！」
　たちまちテンションの上がる春彦。
　抗いようも無いほどに誘うのは、これでもかーっと漂うお肉の、ジューシーなお肉の焼ける、イイ匂い！
「おうっ兄ちゃんたち、いらっしゃい！」
　にこやかに出迎えた、バルシュ・コルテュルクのケバブ屋さん、その出張屋台であります。店舗の中ではぐるぐるぐる、巨大なお肉の塊が回りながらにローストされておりまして、周囲を席巻する香ばしい香りも相まって、これはなかなかのインパクト！
　たまらず蒼志も春彦も、直前までたい焼きやら鈴カステラやらをぱくぱくしてたのにも関わらず、
「……スペシャルソース。大盛りで」
「俺も！　ドネルケバブの特盛、ガーリックソースで！」
「分かった、任せとけ！　肉をぎゅぎゅっと、いっぱいに詰めてやるからな。そっちの糸目の兄ちゃんは？」
　陽太はふたりに比べますと、今日はやや控えめ。お財布の中身もごりごりと減っていき……とはいえそろそろ、お腹もきゅうと鳴き始める頃。
「あ！　この『ラハナ・チョルバス』っていうの、食べたいかも。ソレ、くださーい♪」
「おう、こいつは温まるぞー、待ってな兄ちゃん！」
　注文を受け取ると、バルシュ氏はまず、ぐるぐる回るローストビーフを長ーい包丁で削ぎ落します。テレビや何かで良く見る光景だ！　とわくわくと胸を高鳴らせるお客を前に、こんがり焼き目の付いた薄焼きのパン、ピタの切れ目へ、削ぎ落したジューシーなビーフや野菜を詰めるわ詰めるわ。もう、ぎゅうぎゅう！　雫のようにしたたる肉汁もすくってたっぷりと投入、仕上げに特製ソースをかけたなら……看板メニュー『ドネルケバブ』の、完成！
「そら、お待ちどうさん！」
「うおーっ、うンまそー！　この店めっちゃ期待してたんすよー、いただきまーす！」
　春彦と蒼志はふたり、手渡されたドネルケバブをそれぞれに……ぱくり！
　途端、じゅわ、と染み出す熱い肉汁と、絡み合うソース。しゃっきりの野菜に、自慢のお肉の組み合わせはもはや、あえて語る必要もナシ。美味しいに決まってます！　それらを軽い食感のピタパンがぎゅっと包み込み、ひとたび頬張れば混然一体となって、
「「……うまーっ！！」」
　ふたりは思わず、叫んでしまうわけなのです。
　一方陽太が注文したのは、ラハナ・チョルバス。いまひとつ聞き慣れないこのメニューは、
「こいつは、キャベツのコンソメスープだ！　芯まで入ったキャベツに、炒めた牛挽肉とレバーも入って、そーら。この香り、深みがあるだろ？　Afiyet olsun！（どうぞ召し上がれ！）」
「おーっ、本当だ！　じゃ、いただきまーす」
　ちょうど秋の終わりに冬の始まりといった季節、少しばかり冷たい風に、ちょっぴり身体も冷えてきた頃。あたたかーいスープをずずずとひとつすすれば、
「んんー、お腹の中まであったまるぅ♪」
　大満足っ！　でありました。



　もちろんまだまだ、食べ歩きは続きます……と。
　ずずずずず、ごごごごご……陽太はふと、感じ取るのです。オーラを！
「……あれは、もしかして……」
　シーサイドタウンに店を構える、少々エキセントリックなメニューの名前もひと時話題となった、スープカレー店。その名も、『猫亭＜ニャンティ＞』！　の、出張店舗でありました。
　陽太はちょっぴり遠い目で、
「思い出すねぃ。激辛裏メニュー、『クリムゾン・ヘヴン』をウマーイ☆　って言いながら爽やかに食べ切った、某脱ぎたがりな眼鏡の生徒会長の姿」
「何だその名前！　っつーか、そんなに辛ぇのか？　生徒会長、相当辛いの強かったよな」
「そりゃもう、舌は痺れるし唇はイタイし、でもなんとなーくクセになっちゃうような、不思議な味わいでねぃ」
　なんて言ったもので。
　蒼志の瞳が再び。きらーん！　輝くのです。
「……じゃ、次に食べるメニューは、決まりっすね？」