黒い指先　――透明な檻――｜リアクション

黒い指先　――透明な檻――

●寝ヶ浜交番

　八神修と別れた後、後木真央は走り回っていた。
「呼子なのだ！　夏はディスカウントショップでも、プラスチック製遭難笛が虫よけキャンドルの横で売ってるのだ。山岳ショップでも普通にあるのだ！　真央ちゃん、人数分買ってくるのだ！」
　その手には、修にコピーしてもらった校内新聞のスクラップ。
　さっきせっせと切り貼りしたこれを持って行けば、きっと説得力が増すに違いない。
「お堅い新聞イメージなのだ、警察突撃アイテムなのだ」
　そうして、ひい、ふう、みいと、指折り、夜にシーサイドタウンでもれいび狩り捜索に参加するメンバーの頭数を数えて、必要なだけ笛を買う。それぞれが持って、いざという時は素早く合流出来るようにする手はずだ。
　そうして与えられた新聞部の腕章を、しっかりと腕に嵌めて。
　寝子島街道沿いにある、寝ヶ浜交番に駆け込んだ。
「こんにちは。寝子島高校新聞部、後木真央です。
　私達は普段から、校内新聞で安全な学生生活の呼びかけを行っています。
　最近夜のシーサイドタウンで、連続傷害事件の噂がありました。
　あそこにも多数の寮生が居るので、何時以降出歩かない等、注意喚起したいです。
　差支えない範囲で、分かっている事を教えていただけないでしょうか？」
　きりりと顔を引き締めて、問い掛ければ。警察官は、一様に首を傾げた。
「傷害事件なんて話は、聞いた事ないなあ」
「え、でも……聞いたんです、一人で歩いていると、襲われるって……」
「いやあ、何も変わった報告はなかったよ」

　真央は肩を落とした。
　考えてみれば、もれいび自体をひとである彼らは、知らないのだ。
　フツウを守るもれいび達は、もれいび同士の事であれば尚更、小さな被害であれば公にしないだろう。
　逆に傷害事件の話を、根掘り葉掘り警察官に聞かれ、真央はろっこんに触れず内容をうまく伝えるのに苦労した。
「とりあえず、シーサイドタウンの夜間パトロールを強化するよ。それでいいかい？」
「……はい。よろしくお願いします、なのだ……」

　大した成果が得られなかった。
　真央は、とぼとぼと交番を後にしたのだった。
　しかし落ち込んでいる暇はない。もう日が落ちる。
　夜の作戦のために、急いで仕度をしなければならなかった。