●激闘！　高速渦金魚釣り


「夢呼ちゃーん！　俺と一緒に祭り回ろうぜー！」
「鳴神、名前で呼ぶなっての！」
　鳴神 師呉と夢呼・ステイシーは、高校のクラスメイトである。
　人懐こい狼のような師呉は夢呼のことを気に入っていて、彼のことを名前で、しかもちゃん付けで呼ぶのだが、夢呼のほうは自分の女顔とロマンチック趣味な両親が付けた可愛い名前がコンプレックスで、そのときだけは眉をしかめる。それ以外は、わりと気の合う友人だ。
「俺、祭は好き」と夢呼は言った。「今よりもっと病弱だったガキの頃なんかは、人ごみは疲れるからって理由で祭に行かせてもらえなかったからな……」
「まじかよ。今日は大丈夫なのか？」
「疲れたら言う。お前に遠慮しても仕方ないし」
　師呉は、に、と笑って了解した。
「でさ、何する？　何する？　ご飯食べるのもいいし、色々遊びもあるみたいだし……」
「そうだなあ。焼きそばと、たこ焼きと……あ、リンゴ飴！　リンゴ飴は外せないよな！　綿菓子も食べたい！」
「よくばり」
「仕方ないだろう」
　くつくつ笑う師呉を、夢呼はちょっと顔を赤らめて睨む。
「でも食べられるものに限りがある」
「財布の中身にも」
　けっきょくふたりは、ざっと全部を見て歩くことにした。
　そうして巡り合ったのが、高速渦金魚釣りの屋台である。
　師呉がぽん、と手を打って提案する。
「そだ！　この猫のお店で多く金魚とれた方がご飯おごるっていいのでどうだー？」
　折角鳴神と来てるんだしそのくらいしてもいいかと夢呼は思った。それに、負けた方が食べ物の奢りというのも魅力的だ。
「な、やろうぜ！　やろうぜ！」
「……そうだな、乗った！　だけどさ、ハンデくれ、ハンデ」
「なんでよ」
「俺、お祭系の露店ほぼ初心者だもん。祭もほぼ来たことないんだから、当然なんだけど」
　そう言われては、師呉も弱い。
　夢呼はこれ幸いと、店のおやじ猫にこっそり尋ねる。
「なーおっちゃん。俺どうしてもアイツに勝ちたいんだけどさ、お祭りとかはじめてでさ。コツとかある？」
　するとおやじ猫はにんまり笑って、当たりやすい位置を教えてくれた。
　なにしろ水槽の中は高速渦。だが、だからこそ渦と渦がぶつかり合って空白になるポイントがあるというのだ。そこに金魚も集まりやすいのだという。
「あーっ、夢呼ちゃん何聞いちゃってんだよー」
「いいだろこれくらい。ほら、はじめるぞ！」
　夢呼は教えられたとおりのポイントに釣り糸を垂れる。師呉も負けずに糸を垂らした。
「おーっし、俺もぜったい負けねえ！」

◇

　ふたりは、なかなかの好ペースで金魚を吊り上げてゆく。
　夢呼は教えられたコツのほかに、じいっと見過ぎて目が回らないように短く意識を集中させるよう心掛けているようだ。師呉は師呉で、欲のないのが功を奏しているようにも見える。
「私たちも勝負しましょうか」
　綾辻 綾花は鳶色彦に話しかける。
「望むところです」
　鳶色彦はにっこり笑うと、ナマズの着ぐるみから這い出して、水槽の縁にちょこんと腰かけた。
　その姿に、夢呼と師呉は目を丸くする。
「！？」
「こ、こびと？」
「ねずの鳶色彦さんですよ」
　綾花が紹介した。こんな不思議な祭りの夜は、こびとがいたっておかしくないように思われたし、じっさい夢呼と師呉のふたりも、妙にすんなりと存在を受け入れた。
「じゃあさ、今から四人で勝負する？」と師呉。
「いいですよ」
　綾花が答える。
　ルールはこう。これから５分間の間に、一番金魚を釣り上げた人が勝ち。
　四人の闘いにとくに景品はないけれど、夢呼と師呉の食べ物をかけた勝負は継続。
　ちなみにここまでのところ、３匹対３匹のイーブンなので、結果的にこの四人勝負の結果で勝敗が決まる。

「さあさお立合い！　金魚釣り勝負のはじまりだよー！　少年ふたりと少女とねず、誰が勝つのかわからない！　勝負の行方が気になる方は、さあさこちらの屋台に寄った寄ったぁ！」

　審判を買って出た屋台の店主が、調子よく声を張り上げたので、四人の周りはあっという間に人だかり。
　中には、すばるや舞、コーネリアの姿もある。
「しっかり狙ってぇ……、ようい、どん！」
　店主が時計を片手に合図を告げた。
　そこから四人は釣って釣って釣りまくった。
　綾花は渦の中心を狙って釣り糸を垂らし、水槽の端で釣り糸を垂れる鳶色彦にリードする。
　師呉はビギナーズラックを使い切ったのか少々苦戦。結局、一番釣ったのは――。
「終了ーっ！　勝者、１５匹！　夢呼・ステイシー！！」
　おおお、と観客からどよめきと拍手が上がる。
「ああ、残念！　悔しいです」
　綾花が握手を求めれば、師呉も竿を投げて悔しがった。
「くそー次は負けないからな！　で、何にする？」
「綿あめを奢ってもらおう。男子高生が買うのは恥ずかしいくらいの可愛らしいデザインの袋入りのヤツを！」
　師呉は約束通り買ってくれた。
　パッションピンクでミニスカートの魔法少女が描かれたやつを。
「はい、夢呼ちゃん！」
「うむ。……って、持ち歩くの俺だよ！？」
「そうだよ？」
「……俺ってばか？」
「なははっ、だいじょーぶ、誰も気にしないって！　それより俺、焼きそばとりんごあめとたこ焼きと焼き鳥くいたい！　行こう！」
　跳ねるように先を行く師呉の背中を追いかけながら、夢呼は財布の中を覗いて嘆息する。
（残金は……に、２０００円……奢らなくっても今月厳しいぜ……）
　でも。それでも。
　祭りの夜は楽しいのだ。
　友人と、めいっぱい楽しみたいのだ。いままでの分まで。

◇

　高速渦金魚釣りの屋台から人が捌けてゆく。戦いの行方に夢中になっていたすばると舞は、またブリジットの姿が見えなくなっていることに気づいた。
「あれ？　……あ、いた。猫つれてる？」
　

　ブリジッドの腕には、アメリカンショートヘアが抱かれている。
「もう何処に行ってたのよ。射的を見つけてグランパ仕込の射撃の腕を試していたら、二人ともいなくなってるんだもの。探したじゃない」
「それ、ブリジットさんがはぐれたんだよね？」
「シャーラップ！」
「はい」
　しゅんと黙るすばる。苦笑して、舞はブリジッドの猫に手を伸ばす。
「あら、コーネリアちゃん、連れてきてたのです？」
「外は危ないから出ては駄目っていってたのに、付いてきちゃったみたいなのよ。ああ、すばるは、コーネリア見るの初めてよね」
「うん。ペットは飼い主に似るっていうけどなんとなく雰囲気が似てるねブリジットさんに」
　すばるはそう言うと、屈みこんでコーネリアに視線を合わせた。
「コーネリアっていうんだ？　美人さんだねー。ボクはすばる、よろしくね」
　コーネリアはちらりとすばるを見てつんとそっぽを向く。
「ブリジットさん、ボクにもだっこさせ……」
　その途端、コーネリアはすばるにネコパンチ。
「いたた、これは痛いというかかわいいなー」
　コーネリアはすばるに触らせる気はないらしい。
「さすがすばるね。いきなり猫パンチされるとか……」
　ブリジットが呆れる。
　舞が顎の下を撫でてあげると、コーネリアは先程とは一転、気持ちよさそうに喉を鳴らす。
　ふいに、舞は気づいた。
「あら？　ヒゲにリンゴ飴がついて……」
　……なるほど。そういうことでしたか、と舞はなんとなく勘付いた。
「すばるさん、私、もう一度リンゴ飴が食べたくなりました」
　言いながらすばるに目配せする。
「きっと、本物のブリジットはまだ食べてないですからね……」
　なるほど、と納得した様子のすばるに対し、「え、なあに？」とブリジットが不思議そうな顔をする。
「そうだね、りんごあめとかたこ焼きとか買って耳福池の方にいってみようか。あ、コーネリアちゃんも心配しないでいい。ニャンプチも買っていこうね」
　すばるがウィンクすれば、もちろんそうしてほしいわ、と言わんばかりにコーネリアはミャアと鳴く。
　ブリジットは二人と一匹を訝しげに見回し、まあいいか、と肩を竦めて微笑んだ。
「ま、なんかよく分からないけど、仕切直して祭り見物しましょうか。三人と一匹で」