【お三夜】まじかる・りりかる・人助け☆｜リアクション

【お三夜】まじかる・りりかる・人助け☆

　旧市街に暮らす仙藤紫は、近所にある参道商店街で買い物をして帰宅し、自分の部屋でのんびりしていた。
　ふと立ち上がると、テーブルの上、買い物の際にもらったキーホルダーが目に入る。

「このキーホルダー、どうしようかしら……」
　見れば見るほどちょっぴり不細工だけど、せっかくだしどこかその辺に飾っておこうかな。
　そんなことを考えていたら――その黒猫が、紫の目の前でふわりと宙に浮き上がった。
「……えっ？」
　驚きに目を見開く紫の頭の中に、声が響く。
『そこの美人さん！　魔法少女になるのにゃ！』
　一体何が起こっているのかを把握する暇もなく、紫の視界がスパークした。
　着ている服がまばゆいばかりの光に包まれたかと思ったら、次の瞬間には、紫は華麗に『変身』していて。
「え……これって魔法少女……？」
　気づけば、紫が身にまとっているのは淡い紫色を基調にしたちょっとクールな印象の魔法少女服。
　純白のフリルやリボンが、愛らしいアクセントになっている。
　そして紫の手には、いかにも魔法少女！　という感じのステッキまでご丁寧に握られていた。
「なんでこんな格好に……」
　あまりにも突然で突飛な出来事に、困惑しきり、自分の格好を検める紫。
『うんうん、やっぱりよく似合ってるのにゃ。さあ、その格好で魔法少女らしく人助けをするのにゃ！』
「えっと……魔法少女ということは、もしかして魔法が使えたり……」
『それはないのにゃ。あと、人助けをしないと元の格好には戻れない仕様にゃ』
「……待って、意味がわからない。せめて詳しく説明を……」
　そこまで言って紫が顔を上げると――黒猫は、それこそ魔法が解けたようにテーブルの上に転がっていた。
「えっ、そんな、嘘でしょう？」
　しかし、それっきり黒猫がしゃべることはなく。
　それなのに、それまでの出来事が夢でないことの証明のように、紫はやっぱり魔法少女姿なのだった。
　しばし呆然とした後、紫は腹を決めて、家族に見つからないようこっそりと家の外へと出た。
　自転車に乗って街へと繰り出す。ステッキはかごの中、突き刺さる視線は徹底的に無視だ。
　そうして紫が辿り着いたのは、立ち寄ったことのない公園だった。
　そこに紫は、２つの人影を見留めてそちらへと視線を向ける。
「おじいちゃん、こっちにもないよぉ」
　小さい方の人影――まだ幼い少年の声は、今にも泣き出しそうなものだった。
　周囲には、少年と老人の他に人はいない。
　紫は自転車を止めると、公園の中へと歩みを進めた。
　意を決して、大丈夫かと声をかける。２人はまず紫の服装に驚いたようだったが、
「この格好には……その、話すと長くなるのだけど色々と事情があって」
　と、何とか誤魔化し納得してもらった。
　話を聞くところによると、２人は祖父と孫の関係にあたるらしい。
　寝子島の外から遊びに来た２人は休憩がてらこの公園でしばらくの間遊んだのだが――ふと気がつくと、祖父の方が持っていた財布がなくなってしまっていた。
　加えて、携帯電話も持っていないので、家に連絡することすらできずにいるのだという。
「それは大変ね……最後に財布があったのを確認したのはどこかしら？」
　老人たちから詳しい話を聞いて、紫も財布の捜索に参加する。
　いつの間にか、自分の服装のことは紫の頭から消えてしまっていた。
　ただ純粋に、紫は夢中になって老人の財布を探す。
　けれど、失せ物が見つからないうちに、日は暮れかけ、吹く風はますます冷たくなってきた。
（これは……警察に行った方がいいかもしれないわね）
　紫が胸にそう思った、その時。
「あった！」
　少年の声が、辺りに明るく響き渡った。
　財布は、公園の植え込みの影にちょうど隠れてしまっていたのだった。
　財布を手にようやっと晴れた顔を見せる２人の姿に、紫もそっと目元を和らげる。
「お嬢ちゃん、本当にありがとうなぁ」
「お姉ちゃん、一緒に探してくれてありがとう！」
　口々にそう言われて、紫は緩く首を横に振った。
「見つけたのは、私じゃないわ」
　それでも、紫が一緒になって懸命に財布を探してくれたことにどんなに元気づけられたか分からないと老人は頭を垂れる。
　仲良く手を繋いで去っていく老人たちの背中を見送った紫は――ふと、自分の服装が常の物に戻っていることに気がついた。
「そっか。意識していなかったけど、私が『人助け』をしたから……」
　元の格好に戻れてよかったという安堵が、今更ながら胸に満ちる。
　けれど、心に残るあたたかな充実感の方が、今の紫にとっては大きかった。

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