１１月の★ハッピーバースデー｜リアクション

１１月の★ハッピーバースデー

☆９日

　仙藤紫は、その日を淡々と過ごすつもりだった。
（別に誕生日を迎えるのが嫌……というわけでもないけれど、なんとなくそんな気分になれない、というか）
　理由はたぶん、２ヵ月前の失恋。
　去年の夏休みからの付き合いだったから、１年迎えることもなかった。
　恋と言っても淡いものだったからキスどまり。
　……そのキスは、去年の１７歳の誕生日のこと。
（今さら過去の恋を引きずるつもりはないのに）
　何故かこの時のキスのことは思い出してしまい、少し困惑している。
「そういえば今日は水泳部の練習があったっけ」
　こういう時は何も考えずにひたすら泳ぐのに限る。
　高３なので部活を引退している者も多いが、ＡＯ入試に合格しているので受験の心配はない。
　モヤモヤを吹き飛ばすべく、紫は寝子島スポーツセンターに向かった。

　寝子高には温水プールがないため、冬の間の水泳部はグラウンドでの体力作りかスポーツセンターでの水泳をしている。
「あっ、仙藤先輩こんにちは！」
　後輩たちに笑顔で挨拶を返し、紫は泳ぎ始めた。
　クロール、バタフライ……水を切って思い切り泳ぐと気持ちが引き締まり、モヤモヤが晴れてくる。
（なんだか、みんなの反応がいつもより暖かいような？）
　……何かいいことでもあったのだろうか。
　一通りメニューをこなしてプールサイドに上がると、部員の皆が待っていた。
「先輩、１８歳の誕生日おめでとうございます！」
「先輩大人っぽいから、もう１８歳なのかと思ってました。これ、プレゼントです！」　
　皆が口々にお祝いの言葉を告げてくれたり、プレゼントを渡してくれた。　
「みんな……ありがとう」
　思いがけないことに感激していると。
「それでは先輩からご挨拶をどうぞ！」
「えっ？　えーと……」
　突然のことに困惑していると。
「おめでとうございます～！」
　飛びついてきた女子部員に突き飛ばされた。
　水しぶきをあげ、プールに落ちてしまって浮かび上がってみると。
「水泳部員ならやっぱり挨拶は泳ぎで語れ、ですよね！」
　悪びれずに笑う女子部員を、紫はにっこりとプールに引っ張り込んだ。
「ええ、そうね！」
　はしゃいでいるうち、微妙な気持ちはどこかに吹き飛んでいた。

　自宅へ帰ると、両親と中学生の妹が誕生日を祝ってくれた。
「お誕生日おめでとう。今日は紫の好きなごちそうを作ったわ。ケーキは食後にする？」
「こないだまで小さかったのに、もう１８歳か。大きくなったもんだな。……そのうち嫁に行ってしまうのか」
「お父さんったら、気が早いよ。はい、お姉ちゃん、プレゼント。私のときもよろしくね♪」
　家族と笑いながら楽しい時間を過ごし、紫は自室へ戻った。
　今日もらったプレゼントを一つ一つ手に取り、くれた人の顔を思い出す。
　プレゼントを整理した後、去年の誕生日に元彼から貰ったイヤリングを手にした。
「まだ手放してなかったんだ……未練、残ってるじゃないの……」
　しばし思案した後、紫は決めた。
（売りに出そう。持ってれば思い出すもの。前に進まなきゃいけないから……）
　これから、もっともっと素敵な思い出を作っていけるはずだ。
　
　