猫鳴館、自治会長選任戦・秋　～みんな熊になれ！｜リアクション

猫鳴館、自治会長選任戦・秋　～みんな熊になれ！

●友情

　週末。桜花寮生の恵御納夏朝は、偶然猫鳴館に泊まりに来ていた。
（選任戦……！？）
　びっくりさせられることの多い猫鳴館だが、まさか早朝から熊になろうとは。
　しかしそこは寝子島の民。すぐに状況を理解して、なにか変装道具はないかと持ち物を確かめてみたところ、自分のリュックサックの中から小学生男子の衣装一式が出てきた。
（何故僕はこんなものを持っているんだろう……？）
　じつは夏朝の別人格である夏夜が少年に変装するために入れておいたものだったが、夏朝にはわからない。わからないがこれ幸いと、ボディラインを隠せるゆったりとした服と、靴下と靴とを身に着けた。
（これで少しでもばれにくくなると良いけど）
　体力作りも兼ねて、最短距離のＢルートを行くことにした夏朝は、段差のついた斜面をよじ登りながらふうふうと息をする。早朝ではじめは寒かったのだが、いまでは汗をかきそうなほど身体が温まっている。
（熊皮って意外と動きづらくて、大変……普段から熊皮姿な邪衣君、すごいんだね……）
　士に妙な尊敬を抱いたとき、背後でがさごぞと草叢が鳴る音がした。
　ハッとして振り返る。
　白ハチマキの熊が、藪の中を横切ってゆく。
（よかった、選任戦の参加者か）
　本物の熊かと思ったのだ。ほっと胸を撫で下ろすと、その熊を追うようにまた草叢が鳴る。
　現れた次の熊もまた、ハチマキをしていた。色は紫。紫熊は、立ち止まって夏朝を見つめた。

（僕は白だから「見破り宣言」できない。なら……僕とばれないよう、全力を尽くすのみ！）
　夏朝は勝気でワイルドな男子を演じ、相手を攪乱しようと試みる。
「おー、熊かと思ったら参加者かー」
　相手の熊は黙ったまま、じり、と一歩近づいてきた。少し焦りつつ、夏朝は男子のふりを続ける。
「本物の熊って美味いのかな？　一度食ってみたいぜ」
　じり、とまた一歩。だが、その歩き方になんとなく見覚えがある。
（あれ？　もしかして……後木さん？）
　夏朝は相手が友人であることにふいに気づいた。真央はどうだろう？　自分のことを見分けるだろうか？
　見破られたら悔しいが、見破られなかったらがっかりだ。なにせ真央とは親しいのだから。
　夏朝は思い切って挑発する。
「望む相手をトップにしたけりゃ……オレの名前を当ててみなぁ！」
　すると相手は「なのだ」封印でこう言った。
「夏朝ちゃん」
　真央は夏朝のふわっとした立ち姿から判断したのだ。
　そのような機微を見分けられたのは、友人ゆえのことだろう。
　夏朝は思いがけず嬉しくなった。熊皮を脱ぎ、他の熊に聞かれないよう耳元でささやく。
「後木さんだよね？　これは君のものだよ。頑張って」

《紫：後木真央、恵御納夏朝の白ハチマキ（５点）ゲット！》

　真央は何度も礼をいうようにお辞儀して、また白ハチマキの熊を追って行った。
　熊皮が無くなってせいせいした夏朝が、朝の森の空気を吸おうと、うーんと伸びをしたときだ。
　がさごそと、また背後の草叢が鳴った。
　夏朝は振り返った。今度はいったい誰だろう、と。ところが。
「あ……れ？　ハチマキ、ない……？」
　夏朝はその場に硬直した。
　熊だ。
　本物の熊だ。
　熊の毛並みはつやつやと黒く、ぐっと立ち上がって見下ろされると、すさまじい威圧感がある。
　どうするんだっけ？　死んだふりだっけ？　それとも目を逸らしちゃいけないんだっけ？
　パニックに陥りそうになった夏朝を救ったのは、駆け付けた友人の声だった。
「大丈夫か！？」
　白ハチマキの熊が二匹。修とねむるだ。
「熊だ！　本物の熊が出た！」
　ねむるが大声で周囲に注意喚起する。
　その声に、嬉しそうな声が返ってきた。
「なんだって！？」
「ヒャッハー！　ようやく会えたぜ！」
　鴻と朝陽だ。
　夏朝は、通ってきた道に、切奈の落とし穴があったことを思い出した。
「みんな協力して。熊を落とし穴に誘い込もう！」