猫鳴館、自治会長選任戦・秋　～みんな熊になれ！｜リアクション

猫鳴館、自治会長選任戦・秋　～みんな熊になれ！

●一番乗り

　時刻は午前６時前。Ｂルートで熊との死闘が繰り広げられているのと前後して神社の境内に一番乗りしたのは、蓮の影武者、雨崎荒太郎であった。
　やはり道なりのＡルートが一番早かったようである。約五分後、伊賀解理もゴールする。
　Ａルートを選んだ熊が思いのほか少なかったためか、荒太郎も解理も拍子抜けするほどスムーズに神社に辿り着くことが出来た。ちょっと朝の散歩をしたというくらいの爽快な気分だ。
　荒太郎は、境内に入ったのちも熊皮を脱がずに蓮の演技を続けていた。
「無事辿り着きましたか。何よりです」
　境内は中央を歩くことはせず、鳥居をくぐる際も二礼二拍手一礼を欠かさない。
「お疲れ様、森氏。お互い幸先良さそうだね」
　健闘を称え握手を求めた解理は、荒太郎をまだ蓮だと思い込んでいた。

【ゴール】緑・雨崎荒太郎：緑ハチマキ（３点）＝３点
【ゴール】紫・伊賀解理：紫ハチマキ（３点）＋白ハチマキ（５点）＝８点

　そのころ、道なりに行けばもうすぐ神社の鳥居が見えるという、Ａルートのある地点では。
　桃色ハチマキの熊と紫ハチマキの熊が、じりり、と向かい合って腹を探り合っていた。
　竜司のふりをした八十八旗信彦と、蓮のふりをした桜崎巴である。
　信彦はポイントが多い白ハチマキや、人数が多い紫ハチマキを優先的に狙う作戦であったが、男子に興味がなさ過ぎて熊皮有りの状態では見破れる自信が皆無なので、ターゲットを女子に絞っていた。
　一方の巴は、その口の巧さで相手を翻弄するつもりだったが、できれば緑と青は避けたいと思っていた。
　つまり、互いにとって、願ったりな相手と巡り合えたわけである。
　残念ながら巴の蓮のふりは、はじめから信彦に通じていなかった。
　嗅覚だ。
　男に興味のない信彦は蓮の靴のことなど知らなかったし、男だったら声を掛けようとも思わなかったろう。
　つまり自分が声を掛けた時点で、相手は女子である。信彦的に、Ｑ．Ｅ．Ｄ．だ。
　しかし信彦がどこまで気づいたか知りようのない巴は、蓮の丁寧な口調を真似てこう言った。
「お待ちください。私の基本方針は『誰とでも共闘』です。紫チームに対抗するには、お互いに力を合わせるのが好ましいのではないでしょうか」
　はて、と信彦は首を傾げる。
（彼女は紫のハチマキを締めている。なのに紫チームに対抗とはこれ如何に？）
　すると巴は堂々と言った。
「ハチマキの色が気になるようですが、よく考えてください。ハチマキの色の違いなど些細なことです。私たちはもとはひとつ、同じ猫鳴館の仲間ではありませんか。互いに力を合わせることこそ、私たちに課せられた使命だとは思いませんか？」
　そう言われても信彦は星ヶ丘寮生である。それに紫で女子という時点で、信彦の中で候補は、解理、真央、巴の三人に絞られていた。その中でこんな屁理屈を言いそうな者はひとりしかいない。
（さては巴ちゃんだな）
　一方の巴は、信彦の靴に書かれた「冴木」の文字に目を留めていた。
　あまりにもあからさますぎる。そんなチャチな誤魔化しにひっかかる巴ではない。相手は男子。それは間違いないだろう。ということは……。
「悪いけど共闘には応じられないよ」
　と信彦は言った。
　相手が巴なら信頼するのは危険だ。それに巴には悪いが、今回は明里を応援すると決めているのだ。
「それは残念ですね」
　巴もまた臨戦態勢に入った。相手を言いくるめることは出来なかった。となれば、見破るしかない。
　せーの！　とふたりは掛け声を揃える。

「巴ちゃん！」
「信彦！」

　見事な相打ち！
　すかさず黒子の審判が現れて、ふたりの熊皮を没収した。

「ちぇっ。どこであたしが蓮じゃないってわかった？」
「え？　蓮君のふりだったのかい？　気づかなかったよ！」
　巴は、ハン、と面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「まあいい。誰が勝つか、ここからは高みの見物と行こうじゃないか。あたしは瓢にも勝てないような奴を自治会長とは認めないよ……瓢を会長にしたいって訳でもないが」
「そうなのかい？　おもしろいなあ、巴ちゃんは。ああほら見て、朝日に照らされた紅葉がとても綺麗じゃないか。あの美しさ、まるで巴ちゃんのようだよ」
「おべっかはいいからさっさと歩きな」
　こうして信彦と巴は連れだって、神社へと向かったのだった。