あなたのお仕事！｜リアクション

あなたのお仕事！

　三夜雫紅、21歳。
　高校時代にデビューしてから、絵本作家をしている。

「はぅ……眩しい」
　気分転換に外に出ると、午後の日射しが雫紅の視界を染め上げた。
　さほど厳しい日射しではない。ただ単に彼女が日照り不足なのだ。
　――今度、吸血鬼の話でも考えようかなぁ。
　久し振りの日光が慣れず、ふとそんなことを思う。

　絵本作家である雫紅は夜型だった。いつもは家の奥の仕事場兼自室にいて、昼間はあまり外に出ない。
　理由は、作業を長時間集中して行うには夜が適しているから。
　出版社からの電話が深夜鳴ることはないし、宅急便が来てインターホンが鳴ることもない。
　それでもアイデア出しに、雫紅はこうして寝子島を散策することがある。

　スケッチブックと色鉛筆を鞄に入れて、雫紅が着いたのは公園。
　遊具で遊ぶ親子連れや、近くに生えている草木をスケッチしていく。
　しばらく描いていると、親子連れがしゃべりながら帰り出し、今度は学校の終わった小学生たちがボール遊びに興じる。それらも描きながら、思いついたことをその都度メモしていく。思いつかない時は、実際の経緯をそのまま記す。時間を置くと、そうしたメモが急に意味を持つ時が来る。
「もう、いいかな～」
　気付けば太陽が動き、風に冷たいものが混ざり始めた。雫紅は道具をしまうと、再び歩き出す。
　次に向かったのは、普段よく行く飲食店。
　席に着くと、もう一度さっき描いたスケッチを見直す。環境を変えることで、自分の中の見る目も変わってくる。私はなんで描こうと思ったんだろう。何を描き表したいと思ったんだろう。メモとついさっきの自分を思い返しながら、その時の気持ちがもっと具体的になるよう、イラストラフを描いてみる。
「う～ん……？」
　違う。でも形が見えてきた。自分が無意識に心惹かれた何かが、自分を通して形になろうとしている。修正を加えて、見返す。まだ少し遠い。でも一旦保留しようと思った。今はここまでが限界だ。
　でも、以前はここまでくるのに、もっと時間がかかった。
（デビューした頃は、描いたあとや、描きながら分かったこともあったんだよね～）
　雫紅のデビュー作は『さみしがりやのこねこと一番星』。
　泣いてばかりいた、さみしがりやのこねこ。一番星さんと出会って、夜の寂しさを乗り越えて笑顔になる話。
　沢山の人に心配されて、支えられていることに気がついて感謝する話。

　雫紅の家は家族が多くて、沢山の人と一緒にいる事が普通だった。
　なのに雫紅は時々、孤独を感じることがあった。
（でも、私は家族のみんなに大切にされて、家族の皆のおかげで生きているんだって思った）
　その気持ちを表現した本だった。
　今なら分かる。あの時感じていた孤独感は、養女だったからだと。
　きっと自分はあの時、分からないながらも何かを感じ取っていたのだろう。
　――気づけば手は止まっていた。
「あ、もうこんな時間～」
　雫紅は帰り支度を始めた。外に出ると冷たい風が吹いて、思わず身を縮めたくなる。
　でも、心の中まで冷たさは忍び寄ってはこない。
　家族のみんなに大切にされて、家族の皆のおかげで生きているということ。
　何も知らなかったあの時。自分が出した答えは、今も間違ってなかったと言い切れる。
　家族のおかげで、今の仕事ができてるのだから。
　あれから何冊も描かせてもらって、弟妹たちも読んでくれるし、兄が自分の病院にもおいてくれている。
　そして、自分の作品を読んでくれてる人が沢山いる。
（少しでも、私の本で何かを感じてくれる人がいるなら、私は幸せだわ～）
　微笑んだ雫紅。ふと、視界にケーキの店が映る。
　打ち合わせの日じゃないけど、買って帰ろうかしら。
　家族への感謝の気持ちを、込めて。