あなたのお仕事！｜リアクション

あなたのお仕事！

　天動記士郎、26歳。
　彼は自宅を改造し、古本や雑貨を扱う店を経営している。
　目下の課題は、山近くの旧市街にお客さんがあまり来ないこと……

　明け方になると、記士郎は日課であるランニングを行う。
「ふー、だいぶ冷えてきましたかね」
　山道をスポーツウエアで軽く走り、朝の空気を吸い込む。潮と森の香りを含んだ風は、氷を肺に流し込んでいるような気分だ。早朝に吐く息は何日も前から白く見えるようになった。熱くなった身体を冷ますように深呼吸すると、記士郎は自宅へと戻る。
　朝の運動はこれだけでは終わらない。帰宅すると今度は家の裏でストレッチ。張り出した木の枝にとりついて懸垂。さらには腕立て、腹筋……。
　汗だくになってシャワーを浴びたあと、ようやく朝食。盛り付けた野菜サラダをどんどん口に入れていく。
　日がさらに昇ったところで、お気に入りの生成りのエプロンを装着。店の商品にはたきをかけ、周囲の清掃を終えると、入り口を開ける。
　小物から健康器具まで、少し時代遅れのものだが何でも売っている雑貨屋「天動商店」。
　その店の店主が、記士郎の肩書きだ。

　――今日もいい開店日和です。
　清々しい朝陽にそう確信すると、記士郎は居間につながる縁に座布団を敷き、腰かける。店全体を見渡せるその位置は、店主専用の席だ。用意した湯飲みに淹れたお茶を飲みながら、今日の来客を待つ。
　……。
　一時間が経過した。記士郎は空になった湯飲みにお茶を淹れようと、一度席を立つ。
「……」
　そこで一度振り返り、誰か来そうにないか確認する。よしんば不在時に、泥棒に商品を取られでもしたら大変だ。
「……」
　誰も来ない。
　記士郎の姿が居間に消えた。しばらくして戻ってきた時には、その手には温かい湯気を上げる湯飲みと、反対の手には新聞そして数冊の文庫本があった。
　座布団に腰を下ろし、新聞を広げる。地方新聞だった。
　特集は宇宙と地球。
「ほぅ……」
　などと時折、記事にうなずく記士郎。ふと目を上げれば、店の前を横切る猫がいた。
「……」
　記士郎は新聞を置き、文庫本を手にした。
　タイトルは『世界王者の決意　拳に賭けた想い』。ボクシング物だ。
　しばらくページを繰る音が聞こえる。
「……頑張れ」
　思わずそう言って、はっとする。つい没頭してしまった。
　店を見る。幸い誰もいない。
　店の外に顔を出す。悲しいことに路地には誰もいない。
「……お客さん、来ないですねえ」
　商店街から少し離れ、坂道をあがったところにある記士郎の店。
　あまり客は来ない。
「体でも鍛えますか」
　記士郎の最近の趣味は、トレーニング。
　自営業をするにあたって健康は一番。自分が倒れたら店を守れないからと、いつしか日課となった。
　健康器具を扱っていることもあり、ご近所の人にデモンストレーションがてら見せることもある。
　店の奥には、器具を体験できる部屋もあったりする。
「お前さん、元気かね」
「あ、これは城尾さん」
「ちょっと体動かしてええかね？」
　そしてご近所の元気なお年寄りが、こうして時々覗いて少し体を動かしたり、世間話に興じたり。
　そうこうしているうちに、昼がくる。
「そういえばこの前、割ったんじゃった」
　昼時になって帰る城尾老人が、コップを手に取った。
　……そしてこんな感じに、バケツとか鍋とかを買ってもらっている。
　ちなみに、連絡をもらえれば大きめの机や椅子なども届けたりする。
「ありがとうございました」
　包装したコップを手に帰っていく老人に声を見送ると、記士郎は帳簿に書き記す。
「今日はコップが売れました」
　記士郎は昼ご飯を食べたら、また座って客を待つのだろう。
　今日ものんびりとした、なんの変哲もない彼の一日が、過ぎていく。