あなたのお仕事！｜リアクション

あなたのお仕事！

　竜宮夏姫、28歳。
　彼女は新進気鋭の若手実業家（自称）だ。

「う～ん」
　とある飲食店で、夏姫はキーボードを叩きながら唸る。
　店員がそんな彼女をちらりと見るが、夏姫は気にすることもなく作業を続ける。
（コーヒー一杯じゃ、そろそろ限界ね）
　――否、少しは気にしていたらしい。
　竜宮夏姫は、今日も今日とて飲食店に居座り、ノートPCでノマドワークをしていた。

　ノマド‐ワーク【nomad work】
　ノマドは遊牧民の意。ノートパソコンやタブレット型端末などを使い、自宅やオフィスなどの特定の仕事場をもたず仕事をすること。また、そのような働き方。

　本当は、夏姫には自前のオフィスがあったりする。
　ただ、無計画に色々な商品を仕入れた結果、在庫が倉庫に収まらずオフィスを占拠してしまっている。仕方がなく――夏姫にとってはとても不本意ながら――こうして『ノマドワーク』に勤しんでいるのだった。
「オフィスがあるからって、浮かれてはいけないのよ。常に苦しい時を忘れずに……そう、臥薪嘗胆（がしんしょうたん）の志を忘れないために、あえてノマドワークをしているの！」
　そんなことを言う彼女。だが扱う商品に振り回され、追い出されている現状は、遊牧民というより難民と言った方が良いかもしれない。
「とにかく……お金を稼ぎたいし、何よりも在庫を処分してオフィスを解放したいわね」
　いっそコンテナ倉庫にでも詰め込んだ方が安上がりな状況だが、それは根負けしたようでプライドが許さない。
　敏腕実業家なら、在庫など実力で排除してこそだ。
「はぁ、くたびれたくたびれた」
　そこに、新たに店に入ってきた客のぼやきが聞こえた。顔なじみらしき店員が声を掛ける。
「どうした、今日はやけに疲れてるな」
「ウチのばあさまの家で冷蔵庫が壊れてよぉ。修理しろっつって聞かねえんだわ」
「新しいの買えばいいだろ？」
「じいさんとの思い出がどうとかでなー。俺としちゃあイマドキの……なんだっけ？　省エネか？　あれの方が金がかからんと思うんだがな」
「電気屋で昔の売ってるだろ？」
「シーサイドに大きいのできたから潰れちまったよ。あそこは新しいのしかないからな」

　みなさん、お分かりいただけただろうか？
　話の間、夏姫の耳が超巨大集音機と化していたことに。
「話は聞かせていただきました」
「……あん？」
　突然移動してきた夏姫を胡乱げに見る客。店員は「まだいたのか」という表情。気にせず続ける。
「実はわたくし、こういうものでして……」
　名刺を渡す。悲しいことに怪しいものを見る目つきは変わらなかったが。
「靴下から船舶まで、ご要望とあらば何でも仕入れるのがウチの商社のモットーです」
「はぁ」
「思い出の冷蔵庫だそうですね。（訳が分からないけど在庫処分できそうだし）感動しました！　ぜひともわが社をご利用ください」
「いや、むしろ最新式への説得が……」
「ノンノン！　新しいものは値が張ります。それ以上に使い勝手が分からないというのが大問題になっているんです。使い勝手のいいものをいかに安くお届けするか、これぞわが社のシルバーユースフルです！」
「シ、シルバ、え？」
「シルバーユースフル。高齢者に使い勝手のいいサービスの提供をすることです。御存じありません？」
　もちろん、今作ったのだが。
「とりあえず、騙されたと思って冷蔵庫の型を教えてください。お値段はお安く、更には（他の在庫を引き取ってもらえるよう）オプションサービスを付けますので！」
　勢いで押し切る夏姫。
　間違いなく「ペ」のつく天使が降臨していた。