あなたのお仕事！｜リアクション

あなたのお仕事！

　常闇月、16歳。彼女のお仕事は――

「お帰りなさいませ、旦那様」
　メイド喫茶『ねこのて』。少年執事が出迎えてくれることがある。
　最初は声変わり前の少年かと思う。その次に、執事服の胸に【ゆえ】というネームプレートをつけているのを見て、その後に【ゆえ】の顔を見て、声を聞いて、少年ではなく少女だと分かるのである。
「お召し物を承ります」
　執事服に身を包んだ月は、さりげなく上着を受け取り席に案内してくれる。そっと座る予定の席を引いたり、話しかければ言葉少なながらも気の利いた対応をしてくれる。どれもそつがない。気配りは優秀な執事の必須項目で、彼女はそれを十二分に満たしていた。
　そうかと思えば、時には真剣な表情でどきりとさせてきたり。
　クールでかっこいい女の子執事――そんな口コミが広がったおかげか、最近は女性客も増えてきている。
「メニューはお決まりましたか？　お嬢様」
「はい、これを――あっ」
　応対していた女性客が小物を落としかけ、月はそれが床に落ちる前に受け止める。素早くも洗練された動きだ。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、執事として当然のことをしたまでです」
　思わず素に戻った女性客に、微笑んでそう応える月。
　大抵の客は男女問わず、ここで落ちる。たとえ対抗できる精神の持ち主でもその後、猫の肉球やらで可愛いく飾られた「ゆえ」のネームプレートを見ると、
　――クールに思わせて、実は可愛いものが大好きなの！？
　――くっ、見たい。その完璧さに包まれた貴女の綻びを、自分だけが見てみたい！
　という、クールと萌え可愛いのダブルパンチというか、ギャップに仕留められる仕組みとなっていた。

「常闇さん、今度新人さんが入ること、知ってる？」
　そんなある日、休憩室で月は上司に話しかけられた。
「はい、耳にしてますが」
「指導役、常闇さんに頼んでいいかな？」
「はい……問題、ありません」
　喫茶店での業務が終わり、帰路につく。月はつい先ほどした話を思い返していた。
（もう、後輩を指導できるくらい、働いてきたのですね）
　そういえばと、このバイトを始めたきっかけを思い起こす。
　きっかけは、自分がお世話になった人へのプレゼントだった。そのための資金確保が目的だった。そこでメイド喫茶で働くこととなり、無事に誕生日プレゼントを購入できるに至った。
　思えば、それをもって辞めても不思議ではなかった。目的は果たせたのだから。ただ、今後も資金が必要になったらと思い、続けたのだ。
　いつしかそんな動機も忘れ、気付けばもっと喜んでもらえればと、技術を高めていた。
（なんだか、改めて考えると不思議ですね）
　最初は目的があり、バイトはそのための手段だった。それが今ではどうだろう？
　不快ではない。むしろ楽しいと思う事が多い。
　後輩の指導を頼まれた時、確かに自分は嬉しかった――そう、月は思う。
「すっかり、このバイトが板に付いたようですね」
　寝子島はセレブが多いので、案外こういった仕事に就くことも視野にいれてもいいかもしれない。
「そうであるなら今よりも……専門的な知識を取り入れる必要がありそうですが」
　何人かの知人には、実際にそうした業務を行っている人もいる。
　――今度、いろいろ聞いてみましょうか。
　いずれは自分の進むべき道が決まる。その一つの可能性を今日、感じた。快い手応えに、月は足取りも軽く、夕闇に沈み始めた道を歩いていった。

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