あなたのお仕事！｜リアクション

あなたのお仕事！

　宮祀智瑜、15歳。
　彼女は放課後、旧市街で祖父母の営む「宮祀青果店」の手伝いをしている
　ご近所では有名な、看板娘だ。

「あら、今日は智瑜ちゃんひとり？」
「小さい時から、偉いわねぇ」
　ご近所の奥様方がやってきて、そう話しかける。
　お祖父さんは配達に。お祖母さんはご近所さんの家へ。
　新鮮な野菜や果物が並ぶ宮祀青果店。今日は智瑜が店番だ。明るい元気な声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ！」
「今日の晩御飯、決まってないんだけど……なにか良いものある？」
「レンコンがお安いですよ」
「サバと合いそうな旬のお野菜って他にあるかしら？」
「それなら、白菜と一緒に煮てみるのはどうでしょう？」
　春菊も旬だから鍋に良いですね、とオススメの野菜を挙げていく。
　旬の野菜や果物を始めとする質問は、八百屋ではよくされるものだ。
　よく手伝っているので、智瑜もいつの間にか自然と覚えてしまった。
　常連さんとの世間話も慣れたもので、ついつい話が弾んでしまう。今は本土にいる娘さんの話。
「好きな相手に手料理作りたいんですって。智瑜ちゃんなにか知らない？　ハートを鷲掴みにできそうな料理」
「そ、それは難しいですね……！」
　むしろ、自分が教えてほしい気がする。
　もちろん、食べてもらいたい人は決まっている。
　その人が好きな料理は――
「あーら、智瑜ちゃんたら」
「……え？」
「今、誰のこと考えてたのかしらっ」
「思えばもう高校生だものね、そりゃあ気になる人くらいいるわよねっ」
「え、っと、あはは、違いますよぉ」
　目ざとい奥様方にたじたじ――とはいえ知ってる人は知っているのだが――になる智瑜。
「あらやだ、こんな時間。智瑜ちゃん、お話ありがとうね」
　空の黄昏色が闇を孕んできて、おしゃべりしていた奥様方が帰っていく。
「あー、ちょっといいかい？」
　入れ替わりに、普段見かけない顔の男性が店にやって来る。
「いらっしゃいませ！　どうかしましたか？」
「妻に頼まれたんだが、このメモに書いたもの、揃えてくれないかい？」
　聞けば風邪で休んだ妻の代わりに来たらしい。
「君に訊いたら大丈夫と言われた」
「そうなんですか？」
　名前を訊いたら、店の常連さんだった。
「ああ、吉村のおばさん！」
　二三日休めば良くなるらしい。大事になっていないようでほっとしつつ、頼まれたものを用意する。
「はい、お待たせしました」
「ありがとう」
「あの、お大事にお過ごしくださいってお伝えください」
　吉村と名乗った男はああ、ああと頷いた。ぶっきらぼうだが、最初会った時のことを思えば照れてるようにも見えた。
　帰る男の背が路地の向こうに消えた頃には、人通りも少なくなる。吹く風は寒い。
「……１２月も近いし、体調崩されないように温かくして過ごしてほしいですね」
　元気が一番、そう思う。
「あ、御祖父ちゃん！」
　祖父が長い影を下ろして帰ってきた。途中で一緒になったのか、曲がり角からは祖母も現れ、二人並んで帰ってくる。
　店番の時間は終わった。智瑜は二人に、今日学校であったことや、奥様方との話や、吉村氏のことなどを話していく。二人ともその話を楽しそうに聞いていたが、はたと祖父が手を打った。
「そうだ智瑜、今日買い忘れたものがあったんだが――」
「それを買いに行けばいいの？　分かった、行ってきますね」
「ゆっくりでいいぞ。転ばんようにな」
「転んじゃダメよ」
　祖父母の声が重なる。さすがに智瑜のことを知っている。苦笑いするしかない。
「だ、大丈夫だよ……夕飯前には戻るね」
　茜色の空の下、出かける智瑜の元気な声が響いた。

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