フツウ＊ランチタイム｜リアクション

フツウ＊ランチタイム

　食堂でメニューを見ながら悩んでいる少年がふたり。左目をつむった神木煉とメガネの橘勇だ。
　普段から食堂を利用する煉はここのところ日替わり定食ばかりを食べていた。たまには別のメニューでも頼もうと思うが、何にすればいいのか決めかねている。
「あなたはよく食堂を使うのか？」
　同じことで悩んでいるのを察した勇が煉に話しかける。勇の質問に、煉は「ああ」と軽く返事をした。
「いつも使ってるよ。あんたは……あんまり学食じゃ見たことがない」
「教室で弁当が多いからな。たまにはこっちで昼食を、と思ったんだが腹が膨れるメニューがわからない」
「量だけならスタミナ丼がおすすめ。俺はいま余裕あるから寝子まんま考えてるけど、あんまり食べたことないならA定食が無難じゃないか？」
「よし、なら今日はA定食にサラダを足すか」
　話しているうちになんとなく一緒に食べる流れになった。聞けば、勇もバイトをしているらしい。勇は喫茶店、煉は引っ越し手伝いのバイト経験があった。
「接客業って大変じゃないか？」
「いや。俺は裏方が多めだからな。そんなに無理して笑ったりもしていない」
　昼食を持って席を探す。窓際があいていたのでふたりで向かうと、近くに草薙龍八が座っていた。
「やあ、草薙。あいかわらずコーヒーが好きだな」
　勇が龍八に挨拶をする。彼はバイト先の常連だ。いつもパソコンや難しそうな本を持ち込んで何やら作業をしている印象だが……それは昼休みでも変わらないらしい。
「あの店のやつか」
「隣、いいか？」
「構わない。会話の相手はあまりできないが」
「ありがとう」
　勇は礼を言うと、煉と一緒に昼食をとりはじめた。勇は煉の寝子まんまを珍しそうな目で見ている。
「それだけで、腹が膨れるか？」
　勇の感覚だと魚では満腹にならないのかもしれない。細身だがそこは男子、食べ盛りなので学食のメニュー一品だけでは午後の授業を乗り切れない。
「普段は定食中心だけど、気になってたメニューだからな。あと、趣味が釣りだから魚も嫌いじゃないんだ」
「ほう。趣味があるのはいいな」
「あんた、鍛えてるみたいだけど部活は入っているのか？」
「いや……暇つぶしとバイトで鍛えていたら自然とこうなっただけだ」
　互いの日常をのんびりと話す。
　ふと、思い出したように勇が顔をあげた。
「そうだ、タイムセールの品を確認しないと」
「主夫か」
　勇は八百屋の主人が不細工なきゅうりとトマトを格安で売る、という話を思いだしていたようだ。妙に所帯じみたつぶやきに煉が軽く突っ込みを入れると、勇はふむ……と一考する。趣味を持つのも悪くない。何か考えてみようか。

　龍八は隣の会話を聞きながらサンドイッチを食べていた。携帯端末を取り出し自分が行動して集めた寝子島の情報を保存しておく。日課である。
　彼の保存した情報はパスワードを知っている者しか閲覧することができない。龍八に何かあった時には、彼の目的に賛同している人間に知らせが行くように設定していた。
　――隣のやつらは俺がしていることに気づきもしないだろう。
　ふと、手元のサンドイッチに目が行った。昔、サンドイッチをよく差し入れた女がいた……食べながら作業できる。という理由で選んだ食べ物だったが、少し過去を思い出した。
　――そういえば、あの女は俺と同類だったな。
　昔、親が亡くなって引き取られた場所では満足に食事も与えられなかった。報復をすませて引きこもった義父の娘を励ましにきたのがあの女だった。あいつも俺と同じ……他者を蹴落とし勝利を勝ち取ることに快楽を覚える奴だった。
　コーヒーで舌を湿らせる。
「『衣食足りて礼節を知る』、か」
　あいつにとっての礼節とはなんだったのだろう。考えていたら自然と口から、以前あの女が言っていた言葉が出てきた。
　龍八の声に反応した煉が、ん？　と反応した。
「管子、だっけ？」
　実家が古武術道場の煉が話しかける。以前、姉かだれかから聞いたことのある言葉だった。生活に余裕ができて、はじめて礼儀を知ることができる……という意味だったと思う。
「人に言われた言葉だから、だれが言ったかは詳しく知らない」
　龍八はそう言うと、煉に視線をちらりとやったあとすぐに作業に戻ってしまった。昼休みが終わるまでにキリのいいところまで終わらせたかったのだろう。
　まあ。過ごし方は人それぞれだよな。
　煉は龍八の態度に特別気を悪くすることもなく勇との会話に戻っていった。

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フツウ＊ランチタイム

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