Kiss or Treat　～お菓子くれるかキスしてくれる？｜リアクション

Kiss or Treat　～お菓子くれるかキスしてくれる？

●天使と悪魔

　ハーピーの雌は姦しく冷酷だ。そんな女ばかりの中で育った大天使天吏は、誰かを愛したいと願い、口先ではいわゆる『愛の言葉』を囁いてもみるものの、心の底では自分から人を愛する事に慣れていない。
　人を愛する、ってどういうことなんだろう。
　考えれば考えるほど分からなくなる。
　それは、眠るってどういうことなんだろうと考えていても眠れないのに、すこし似ている。

　そんな気難しい天吏の元に通い続けたのは、黒髪のマリアであった。
　天吏は、はじめは面白くなかった。冷たくしてもへこたれず、かといって、本で読んだ甘い言葉をささやいても「本気じゃないんでしょ？」と軽くあしらわれ……なのに、いつしか彼女と話すのを心待ちにしている自分がいた。

　そしてハロウィンの夜。
　バルコニーに呼び出され、マリアは自分にこう迫った。

「あなたの本当の気持ちが知りたいの。――Kiss or Treat？」

　沸き上がってきた感情に天吏は首を傾げると、その白い羽根で覆い尽くすようにマリアを強く抱きしめた。
「成程、これが恋慕という感情なのか」
「あなたはこんなときでも冷静に自分を観察しているのね」
　マリアがくすっと笑うと、天吏はまた不思議そうに首を傾げた。
「自分にはまだ足りない感情があることは知っていた。だから、君に僕の心を埋めてほしい」
「もちろんよ」

　マリアの答えを聞くと、天吏はマリアの顎を持ち上げ、上向かせる。
「……本で読んだ、恋慕の感情を表現するのにふさわしい行動」
　そう呟くと、花のような赤いくちびるにすばやくキス。
　マリアはうっとりと瞳を閉じる。天吏の腕に抱かれて――。

＜ＨＡＰＰＹ　ＥＮＤ＞

　――流れるエンディングテロップ。ＨＡＰＰＹ　ＥＮＤの文字が歪んでゆく。
　夜空に浮かぶオレンジ色の月は、大きく大きく膨らんでゆき、黒いシルエットのフジコフ城は塔の先から崩れてゆく。攻略完了。ハロウィン世界の崩壊。神魂の影響が消えつつあるのだ。
　ゲームは終わった。
　崩れ落ちてゆく世界の中で、天吏は目を見開いて、腕の中のマリアを見つめる。
　マリアにも異変が起こっていた。
　黒髪が蔓のように伸びて少女の身体を覆い尽くしたかと思うと、マリアのかたちが変わってゆく。
　その姿に、天吏はゲーム内ではついぞ見せなかった嬉しそうな笑みをいっぱいに浮かべて叫んだ。

「クローネ様！」

　クローネは天吏の腕の中から飛び立つと、甲高い笑い声をあたりに響かせた。

「あはは～ん！　とっても楽しかったわぁ！　足りなかったのはこの潤いだったのよ～！
　すっかり若返った気分！　世知辛い時はホント、イケメンの甘い言葉に限るわね～！
　みんなアリガトっ。じゃあねぇ～ん」

　カラスの手下たちが迎えに来て、カァカァと文句を言っている。
　乙女ゲームの主人公になって遊んでる場合じゃないですよとか、クローネ様が純粋でフツウの乙女になるなんて無謀ですよとか、早く帰って仕事してくださいとか、きっとそんなことを言っているに違いない。
「うるさいわねぇ、わかってるわよ」
　クローネは城の上を旋回すると、カラスたちとともに大きくなりすぎた月のオレンジの中に消えていった。
　こんな捨て台詞を残して。
「あ～っ、イケメンの特製デザートが食べられなかったのだけ、残念～」

　崩壊する城の向こうに、元のキャットロードの景色が透けて見える。

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