●●●押しあがる戦場、変わる戦況●●●
　五人が到着したところで、戦線は安定した。
　先に来ていたもの達が状況を教えながら戦い、生徒達との戦闘を押し上げていく。

「あっ、それと、手の紋様消したら操り解けるかも！」
「あら、アタシもそれ気になって消したら、身動きしなくなったわね」

　さらなる情報として美咲紀と蛇那伊が手の紋様に気が付いた。
　敵がいる前での情報共有というのは危険ではあるものの、共有されない方が危険だったりする。
　何度も戦場を潜り抜けてきたもれいび達は重要性をしっかりと認識しているのだろう。

「ヤァ、また会ったね地球人ンッ！」
「ボクは会いたくなかったんだけどっ」

　情報共有を気にするでもなく、甲高い声で乱入者を歓迎するピエロ。
　愉快そうではあるものの、若干の怒気が感じられた。
　トンファーを構え、襲ってくる男子生徒の攻撃をいなす円。
　剣とのリーチの差は想像よりも戦いにくいが、対処できないわけではない。
　片腕で剣を受け、手首をねらった攻撃で剣を落とすことに成功した。
　ビーチフラッグの如く走り出した円と男子生徒。
　男子生徒が剣を獲ろうとした、寸での所で円が剣を蹴り、碧南に渡すことができた。

「取られないように、後ろに投げて！」
「わ、分かったわ」

　円の声に反応した碧南はすでに持ってた剣も持ち、後ろに下がろうとしたときだった。
　他人が頼りに成ったからだろうか、熱でやられていたからだろうか。
　ピエロの攻撃に気が付いたのは背を貫かれてからだった。

「あ…れ…？」
「イイネ！　イイネ！　お互いに隙を作ってくれるその姿ッ！」

　ピエロが何事かを言っているが、碧南には聞こえていなかった。
　急速に意識が遠のき、自分の体が自分のものではないような感覚に陥る。
　声が聞こえているはずなのに、対岸の火事であるかのように実感がわかない。

「お願い、間に合って！」

　修とともに後衛に下がった美咲紀が花を取り出し、舞を始めた。
　ゆっくりと、それでいてしっかりと魅せる舞をする美咲紀は碧南に視線を送る。
　すると、浅かった碧南の呼吸が次第に戻っていき、顔色もよくなってきた。
　美咲紀のろっこん【舞花の祈り】で碧南の傷が癒えていく。
　美咲紀は満足そうに笑みを浮かべる。

「アァ！？　コイツ、生命力も少なければ魔法も持ってないじゃないカッ！　話が違ウッ！」
「誰と、なにを話していたの？」

　そんな碧南の状況を脇に置いたまま天を仰ぎ、手を大仰に開きながら怒りを露わにするピエロ。
　梢は蝶化を解除し、その横腹を躊躇無くカッターで攻撃して疑問を投げかける。
　不愉快な悲鳴を上げながら転がり、しかし、反撃として指を幾度も鳴らす。
　梢は慌てて蝶化するが、ピエロの衝撃波で蝶化したカッターのほとんどは落ちてしまった。

　タイミングを同じくして生徒達の動きに変化が現れた。
　男子生徒はピエロを守るように動き、女生徒は壁際に固まるように動いた。
　男子生徒を相手取っていた勇は自らの人差し指の腹を拾った剣で傷を付ける。
　血を出して生徒の操られている状態を解除しようと男子生徒に接近する。

　勇の武器はその体だ。
　休日にパルクールをしたり、関節技や棒術の訓練をしていることもある。
　そのため、細身でありながら筋肉質な体を手に入れられている。
　それに加えて、勇には奥の手が残されていた。

「まさか、マンガと同じような方法だったとはな」

　ピエロに近づかせないよう、攻撃を繰り出す男子生徒に無刀取りの要領で、剣を奪う。
　フツウの無刀取りと違うところは、素手で剣と柄を押さえ、怪我一つせずにいることだ。
　勇のろっこん【硬化】で、硬くする箇所を意識することで本当に硬化するのだ。
　硬化はするものの、人差し指から出る血は残っている。
　それを使って剣を奪い取った後の男子生徒の紋様を消す。

「…本当に解除されたのか？」
「その子は俺が預かる！　他の奴らの対応を頼んだぜ！」

　傀儡状態を脱したと思われるものの、力無く倒れる男子生徒の対応に困ってしまった勇。
　そこに声をかけたのは碧南を抱えたザ・ストレイトだった。
　戦闘不能になった生徒達はできるだけ後ろに、できるだけ安静になるようザ・ストレイトは動く。
　後ろに避難させた生徒たちの傷は後ろで美咲紀が踊り続け、回復に努めている。

　ザ・ストレイトはピエロに会って言いたいことも、拳で伝えたいこともある。
　しかし、なにより先に生徒の救助を行なう。
　自らのヒーローだと言う気はないが、自らの知識を集めて構築した『正義論』がそうさせる。
　だから。

「ピエロをぶっ飛ばす役目は他の皆に託した！　必ずぶちかませぇ！」
「言われなくてもそのつもりだ」

　叫ぶザ・ストレイトに応えたのは刃引き刀を武器に男子生徒と鍔迫り合いをしている刀だ。
　刀は下水道の時もピエロと対峙し、コロシアムの時もピエロの姿は確認している。
　そして、今回は刀が護りたいフツウの中に入り込んできたピエロ。
　運命と言うには望まぬ運命であり、因縁という言葉の方が似合うかも知れない。

　怒り心頭の状態ではあるが、冷静さは失わない。
　すぐにピエロを倒しに行きたいが、今の状況では難しいことも理解している。
　男子生徒と鍔迫り合いをしているこの状況も使えるはずだと考えている。
　そして、方法を思いつきはしたが、今はまだ早い。
　刃をずらし、男子生徒のバランスを崩して、武器を弾いて距離を取る。

　刀が息を整え、視線を移すと同じくヨハンがピエロに向かって行く。
　だが、滑り込むように女生徒が守りに入った。
　転がっているピエロは動きが鈍くなっており、何事かをつぶやいている。
　攻撃のチャンスであるとも判断できたために向かったのだろう。

　ヨハンはピエロを守りにきた女生徒の盾に思い切り拳を振るい、大きな音が響く。
　フツウなら反動が来て手が使いものにならないだろう。
　しかし、その様子を見せることなく女生徒の剣を避けるヨハン。

　少し前の下水道での攻防線、その時に操られたネズミに、肩を痛められて本調子ではないのは本心だ。
　ネズミの時も、そして今の殴りも高校生が耐えられる痛みではない。
　顔色一つ変えずに立っていられるのはヨハンのろっこん【プロジウム】のおかげだ。
　10分以上まばたきをしないことで発動するろっこんのため、戦闘中に発動させることは難しい。
　けれど病院からの移動中にまばたきをしていないために現在も継続発動をしてる。

　反射神経が大幅に上昇しているのを引き替えに、喜怒哀楽などの感情が排除される。
　痛覚はあるが、それを『無視』する事でヨハンは戦場に立つ。
　腕と肩の調子を確認し、問題ないと判断するヨハン。
　立ちはだかる女生徒が、他の女生徒がいるところに動こうとしたことに気が付いた。
　動こうとした先にヨハンが視線を送ると、警戒していた蛇那伊が違和感に気が付く。

「見つけたわ！」

　美咲紀に回復をしてもらった蛇那伊は一直線に女生徒達が護っているであろう場所に走る。
　歪んだ空間であるはずなのにも関わらず、その場所は歪みが無かったのだ。
　蛇那伊の声に意図を汲んだ修は場所を護っている女生徒の武具に視線を送る。
　近づいてきた蛇那伊に女生徒が振るおうとした剣がバラバラに崩れ落ちた。

「あら、助かっちゃうわ」
「サポートが有った方が楽だろう」

　礼を言う蛇那伊に、当然だという風に構える修。
　剣がバラバラになった原因は修のろっこん【分解】の進化能力であった。
　精神を集中し、分解するモノを見ていればある程度の大きさに分解することができるのだ。
　修自身も美咲紀に傷をある程度治してもらっていた。

「みんな、がんばって立ち上がるのです！」

　全身に汗を滴らせながら美咲紀は刀達が到着してから視線を変えて踊り続けている。
　新しくできた傷も、防御のために生徒たちに仕方なくした攻撃の傷跡も…怪我人を回復し続けている。
　美咲紀自身が今できることを最大限行なっている。

「ふふふ、ありがとうってところかしら」

　剣を分解された女生徒は訳がわからない、という反応は無かったが、剣があるかのように動く女生徒。
　微笑む蛇那伊には攻撃が加えられておらず、腕を取られ、紋様を消されてしまう。
　残り一人も同様の連携で紋様を消すことができた。

「桜庭！　そこの壁に何かある。」
「わかった！」

　刀は修と蛇那伊の行動を察知し、円に声をかける。
　円もトンファーを持ち直し、何かがある場所に向かって走り出す。
　姿が見えぬ敵に対してだが、気配は何となく読めているかのように蛇那伊は拳を繰り出す。
　迷彩服なのかどうなのかは分からないが、確かに何かが動いていることは蛇那伊にも、円にも分かった。
　そのとき。

「えっ…女の子？」