せんせいといっしょ：高野先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：高野先生編

●おいしいじかん
　体育館の裏手、コンクリートで固められた地面の上。
　一つの人影が元気よく声を上げた。
「さぁて、始めるかのう！」
　肘の先まで腕まくりをし、大田原いいなは気合い十分に宣言する。
　目の前には水のたまった大鍋、板を組み立てただけの調理台、ごろごろとした淡い緑の大きな春きゃべつ、鮮やかな濃い緑が眩しい菜の花、そして調味料が並べられていた。
　今から始まるのは、おいしいものを作る時間。
　猫鳴館裏手の菜園から失敬してきた野菜ゆえに味の保証はばっちりだ。
　鍋を置いたカセットコンロの火を付け、湯を沸かしている間にきゃべつを調理台の上でざっくり手際よく切っていく。
　いいなが『しいる式びにいる袋』と呼んでいる袋へ欠片を残らず入れ込み、手際良く塩と昆布を放りこんで袋の口を閉めた。
　後は味をしみ込ませるだけ。
　しばらくぎゅう、ぎゅうと柔らかい葉を揉んでいるとだんだんもっと柔らかくなっていく。
　ある程度歯触りがよさそうなくらいでやめ、次の料理に取り掛かる。
　ふつふつと湯気が上がり、いいなにお湯が沸いたことを知らせた。
　持ってきていたお椀におたまでお湯を入れ即席豚汁を作ると、残ったお湯の中に切っておいた菜の花を入れ、一度大きく掻きまわす。
　自然で、温かみのあるいいにおいが鼻孔をくすぐる。
　程良い時間になったら菜の花をざるにあげ、思い切り水を切った後再び鍋へ豪快に盛りつけた。
　ほわほわと湯気が立ち上った菜の花にめんつゆをかけ、これまた豪快に鰹節を散らす。
　温かい湯気の上で鰹節が踊った。
「ふんむ！　本日もよう出来たわい」
　平行して行っていた後片付けをおおむね終え、満足げにうんうんと頷いた。
　ちなみに春キャベツ一球が使われ、加えて大鍋で湯がいた菜の花の量を見るとざっと10人前以上は見受けられる。
　一言で言うとすごい量。
「では、本日のめいんでっしゅ『サンマさん生姜煮缶』と共に、戴くとするか……の？」
　ひくひく。何か、いいにおいがする。ここにある料理とは別の何か。
「缶詰を開けるのは後じゃ、このよき香りはどこから来るのかの……」
　いいなはビニール袋と缶詰をリュックに詰めガスコンロや調味料をしまい、両手鍋を持って匂いをたどろうと立ち上がる（豚汁は持って行けそうになかったのでその場で食べた）。
　ふらふら、と匂いがする方向へ。
　体育館の表に回り、北校舎まで来ると匂いが強くなってきた。
　目的地は近い。
　ぴたりと足を止めたのは体育科準備室の前。
　間違いない、ここだ。
　賑やかな声が聞こえてくる。
「わー炊けたね！　いーにおーい！」
「ほかほかだにゃあ」
「でもこれ、十合とは言わずとも五合くらいあるんじゃ……」
「このかぐわしき匂い……白飯！」
もう我慢できない。器用に鍋を持った手で誘われるように扉を開けると、そのまま体当たりするようになだれ込む。
　突然現れたいいなに高野先生と生徒たちは驚く。
　静まる室内、向けられた注目にいいなは引きつり笑い。
「あやややや……いやあのその、教室で『がすこんろ』を使ったら怒られたでの、体育館裏で作っておったのじゃ！　……量もあるし、の、喰わぬかの、の？」
「何だこの鍋、すっごく良い匂いがするぞ！　もらっていいのか？」
「菜の花か。旨そう……」
　からんが言って、博美も近付く。
「さっき作ったばかりじゃからな。春きゃべつの塩コンブ和えもあるぞ」
　鍋を置いてがさごそとリュックから取り出すと、わあとか上がる歓声。先生が声をかける。
「カカカカッ、何だかすごいな。それじゃ一緒に飯でも食おうか。アンタもおむすびいるかい？」
　その問いには、もちろん、と笑顔で答えた。

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