授業風景～倫理の時間の場合～｜リアクション

授業風景～倫理の時間の場合～

＜桜庭円の場合＞
『人を殺してはならないと考える理由』
　→皆後悔してきたから、かなって

『その理由を端的に表した言葉』
　→【願い】

「ゆ、夢物語っぽくなっちゃったけど……」
　苦笑いをしながら桜庭は壇上に立った。
「人を殺すという事。それは、その人の人生を終わらせてしまう事。二度と取り返しの付かない凄く恐ろしいことだと思う」
　うまく考えがまとまっていないのか、たどたどしい発表だ。
「それに後悔するんじゃないかな？　もっと他に何か手段があったんじゃないかなって。もしかしたら、解りあえたんじゃないかなって」
　……彼女の脳裏に過ぎる、過去の神魂事件で起きた悲しい出来事の数々。
「それは一生付いて回ると思う。自分はその時、全力で、最善の方法を選んだのかと。……勿論、それは余裕のある人間の言い分だけど、本当に殺す人は余裕も、助けも、逃げ場も無かったんだろうなぁ。人を殺すしか無いような状況……、それは、安易に否定していいような物とも思えない。その人の全身全霊をかけて、その答えに行き着いた人も居ると思う。それしか手段が残されていなかったんだと思う。悲しい事だけどね……」
　桜庭は俯きがちに言った。
「人の歴史って、そういう苦しみを繰り返してきたんじゃないかなって、……そう思っちゃったな。その度に後悔して、人を殺してはならないと皆で願い、そう決めたのかもって。だから、普遍的な想いとしてずっと伝え続ける。殺しあう事のない社会になるといいなって」
　――故に【願い】という言葉を桜庭は選んだ。
「単純だけど、すごく難しくて、すごく眩しい目標だよね。理想で、幻想だって解っていても、先ずは目指すべき目標、心の片隅においておくべき価値の有る物を。そういう、ものなのかもなぁ」
　そこまで言い切ると、自信なさげに桜庭は頭を掻く。
　中野先生は数回頷くと口を開いた。
「とても納得できる発表でした。桜庭さんの言うとおり、私たちの歴史は、そういった想いや願いを次世代へ繋いできました。そしてこれからも繋いでいくのです。これはとても大切なことですよ。桜庭さん、その考えを大切にして下さいね」
　褒められた桜庭は、気恥ずかしそうにもじもじしながら席へ戻っていた。