あの日のあとで２｜リアクション

あの日のあとで２

　大天使天吏がカフェで犬杜初と時間を過ごした、その翌日のこと。
　シーサイドタウン在住の天吏だが、その日は旧市街の商店街まで足を伸ばしていた。
　昔ながらのペットショップの店先でキャットフードの袋を手に取った、その時。
「あっ！」
　近くで、いかにも「びっくりした」というような声がして、天吏はゆるりと声の主へと眼差しを遣った。
　あら、と零したその唇に、次の瞬間には淡く笑みが乗る。
「初ちゃん、奇遇ね」
　声の主は、昨日夕飯を共にしたばかりの初だった。
「昨日は、美味しいもの一緒に食べられて楽しかったわ」
　にこりと笑みを零してみせるが、初はまだ突然の邂逅に驚いている様子。
　そんな初へと、天吏は手元のキャットフードの袋を目で示してみせた。
「ほら、これ。猫用の砂や餌について、旧市街の安いお店を探しているところなの」
「あ。成る程、そうなんだ……」
「私の住んでいる辺りより、旧市街の方が安かったり質のいい物が揃っているんじゃないかって思って」
　それで遠出してみたのだとの天吏の言葉に、瞳をぱちぱちと瞬かせる初。
　それからふわりと口元を緩めた初のその反応に、天吏は軽く首を傾けた。
「初ちゃん？　私、何か変なこと言ったかしら？」
「え？　ううん、全然。アオのこと、大切にしてるんだなあ、って」
　アオ、というのは天吏の飼い猫の名前だ。
　真っ黒な毛並みに、ビー玉みたいな青の瞳をした、愛らしい猫。
　以前、天吏は初の従兄の店である何でも屋『いぬもり』をアオと共に訪れた。
　猫が大きくなるまで定期的に預かってもらうことはできないか、と。
　アオという名前は、天吏が初めて子猫を預けに行ったその時に、初が付けたものだ。
　天吏の口元が、緩く弧を描く。
「アオちゃんの面倒、いぬもりに頼んで良かったわ」
「ほんと！？　えへへ、お兄ちゃんにも伝えとくわね！」
「ふふ、よろしくね。そうだ、最近大きくなったし、写真見る？」
「わ、見る見る！」
　勢い込む初の前で、天吏は一旦キャットフードを棚に戻した。
　荷物からスマートフォンを取り出して、「ほら」と初の目の前へ画面を翳す。
　瞳を輝かせて、初が「わあ！」と弾むような声を漏らした。
「ね、本当にきれいな黒い毛並みでしょう？」

「……あの方の、黒い羽根を思い出しちゃうわね」
　あの方、というのは、天吏が敬愛する鴉の神――クローネのことだ。
　天吏の言葉に、初がふっと静かになる。
　昨日天吏と交わした、カフェでの会話を思い出しているのかもしれなかった。
　天吏はその折も、クローネの話を初に聞かせたのだ。
　彼女は異端者で独りぼっちだった、と。
　そして、彼女がいたことを覚えていて、また逢えたらいいなと思ってほしい、と。
　初はその訴えに、忘れない、と確かに応えたのだった。
「――初ちゃん。アオちゃんのご飯、どっちがいいと思う？」
　問いにようやっと顔を上げた初へと、天吏は柔らかく笑み掛けた。