あの日のあとで２｜リアクション

あの日のあとで２

　とある月曜日の昼休みのこと。
　手製のお弁当を連れて、御巫時子は理科室を訪れると、その扉に手を掛けた。
　小さく開けた扉の向こう、ビーカーに珈琲を淹れていた五十嵐尚輝先生が顔を上げる。
「ああ、御巫さん」
　ごく淡く和らげられる、五十嵐先生の口元。
　その変化を見て取って、時子も、花綻ぶように微笑んだ。
「尚輝先生、お昼ご一緒しても良いですか……？」
　サンドイッチを作ってきたんです、と声を華やがせれば、五十嵐先生は少し驚いた様子を見せる。
「あの……もしかして、気を使わせてしまいましたか？」
「いえ、そんな。材料を選ぶのも、お弁当を作るのも楽しくって……」
　前日、五十嵐先生とカフェで偶然出会った時子。
　その折、席を同じくしてのお喋りの中で、２人はサンドイッチの話もしたのだった。
　それで時子は、カフェを出た後、弾む心のままに食材を買いに出掛けたのだ。
　そういう次第で、返した言葉に微塵も嘘はないのだが――、
「ですが、その、あまりサンドイッチは作ることがないので……」
「そうなんですね。でも、御巫さんのお弁当が美味しくない想像ができません」
　ちょっぴり眉を下げた時子を、五十嵐先生が分厚い前髪の奥の眼差しで呼ぶ。
　五十嵐先生が淹れた珈琲の隣に、時子は２人分のお弁当を並べた。
　包みを解いて蓋を開ければ、「ああ」と五十嵐先生が思わずといったふうで声を漏らす。
「やっぱり、美味しそうだ」
　時子が用意したサンドイッチは、全部で３種類。
　厚焼き玉子を挟んだ物に、カツサンド。
　ハムサンドには、レタスや紫キャベツ、キュウリなど、たっぷりの野菜が入っている。
　容器を別にして、時子は苺や林檎などの果物も添えていた。
「ええと……頂いても、構いませんか？」
「はい、勿論」
　いただきます、と２人で手を合わせる。
　けれど時子は、すぐにはサンドイッチに手を付けなかった。
　密やかに、五十嵐先生が玉子サンドを口に運ぶのをドキドキとしながら見守る。
　ぱく、と小さくサンドイッチを口に頬張った後で、
「……ん。美味しいです、御巫さん」
　と、五十嵐先生が淡々とした調子の声に、それでも感嘆の色を乗せて呟いた。
　口に合って良かった、とほっと胸中に息を吐く時子。
　そうしてやっと、時子は自分もサンドイッチを口に運んだ。
　美味しい、というたった一言が、時子の心をふわりと温める。

（私は、尚輝先生と一緒だとより美味しく感じますね）
　眩しいように目を細めて、「そうだ」と時子は声を明るくした。
「尚輝先生、他にリクエストはありませんか……？」
「え？　いや、それは……」
「遠慮なさらないでくださいね。本当に楽しいんです。食材を選ぶのも、作るのも……一緒に食べるのも」
　はにかみ笑いを零しながらそう伝えれば、顎に手を宛がって首を傾ける五十嵐先生。
「リクエスト……リクエスト、ですか。難しいですね。御巫さんの料理は、いつも美味しいので」
　真剣な声で、五十嵐先生はそんなことを言う。
　その様子にふっと口元を笑みで彩って、時子は昨日のことを思い出した。
　大切に想う人と同じものを食べることは、嬉しい。
　同じものを食べて同じことを思うのは、尚更嬉しいことのような気がした。
（ですから、またお店でばったり会えたらと期待してしまいますね）
　そんなことを思いながら、果物まで食べ終える。
　ごちそうさまでした、と２人で声を揃えた後で、
「御巫さん、サンドイッチ、ありがとうございました」
　と、五十嵐先生は目元をそっと優しくした。
　その声の柔らかさに、午後の授業も頑張れそうだ、と時子は思う。
　そういえば確か、次の授業は化学だったような。
「授業でも宜しくお願いしますね、尚輝先生……」
　微笑する時子へと、「こちらこそよろしくお願いします」と五十嵐先生は小さくぺこりとした。

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あとがき

担当マスター：巴めろ
ファンレターはマスターページから！

お世話になっております、ゲームマスターの巴めろです。
まずは、ご参加くださった皆様、本当にありがとうございました！

後日譚を描くシナリオを担当させていただくのはこれで２回目ですが、
今回も、後日譚の元となるシナリオに敬意を払って、を心掛けながら、
様々な《その後の物語》をリアクションという形で紡がせていただきました。
ＰＣ様方と皆様のお心に寄り添う《その後の物語》となっておりますことを、心より願って止みません。

重ねてになりますが、ご参加くださった皆様に心からの感謝を。
この度も、本当にありがとうございました！

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