あの日のあとで２｜リアクション

あの日のあとで２

　壬生由貴奈がクローネの世界から帰還して、数日が経った。
　街へ出掛ける準備をしながら、由貴奈は、まだ記憶に新しいあの冒険を思い出す。
（長かったような、短かったような。いずれにしろ、忘れられない冒険だったねぇ……）
　こうして思い返してみても、大変な冒険だった、と思う。
（……けどまぁ、同時に得難い経験もあったのも事実だよねぇ）
　手に、あの温もりが――翼獣ミケの温度が、まだ残っているような気がした。
　しょうがないな、という顔で、それでも、もふもふされるがままになってくれたっけ。
　別れる直前の思い出が脳裏に過ぎれば、翼獣達のその後へと、心が飛んだ。
（ミケたちは無事に帰って元気にしてるのかなぁ……なーんて、ちょっとおセンチになっちゃうねぇ）
　どこまで心を飛ばしても、翼獣達の『今』は見えない。だから由貴奈は、
「――さ、出かけよっと。シーサイドタウンのショッピングモールまでれっつごー」
　何でもないみたいに気を取り直して、自分の『今』を歩き始めた。
　やがて、由貴奈は何の差し支えもなしにショッピングモールへと辿り着く。
　一番の目的は夕飯の買い出しだが、時計を見れば、思いの外時間があった。
（夕飯の買い出し……は後回しにして、他のお店をぶらついてみよっかな）
　そう決めて、ざわざわとした、けれど不快さは纏わない賑わいの中を、のんびりと歩く。
　ショッピングモール内には、いつものように幾らともなく店があって、そこには数多の笑顔が溢れていて、
「あ、これ可愛いねぇ」
　なんて、由貴奈は偶に足を止めて、ウィンドウショッピングに興じたりした。
　アパレルショップの店先を何軒か冷やかした後で、
「――あっ、あのぬいぐるみ屋さんいいねぇ」
　と、由貴奈が目に留めたのはぬいぐるみの専門店だ。
　広く大きな硝子窓越しに、店内に沢山のぬいぐるみが並んでいるのが見える。
　由貴奈は、ゆるりと硝子窓に近付くと、ひょいと店の中を覗き込んだ。
「おお、可愛いのがたくさん置いて―――んん？？」
　首を傾げる羽目になったのは、奥の方の棚に、知った姿を見たような気がしたから。
　店内へと足を踏み入れて、そのぬいぐるみをそっと手に取る。
　それは、柔らかな手触りの黒豹のぬいぐるみだった。
　いや、正確には、黒豹ではないのかもしれない。
　そのぬいぐるみには、翼が生えていた。
　吊り目で、クールそうな感じの表情をしていて、それがすごく印象的だ。
「……これ、なんだか翼獣に……いや、ミケにすごく似てる気がする」
　仕方がないな、と、今にもその喉が鳴りそうな気がした。
　そっと寄り添ってくれた時の温もりも、蘇るようだった。
「うん、間違いない。いいものを見つけたよぉ」
　買って帰ろうっと、と、由貴奈はそのぬいぐるみを、真っ直ぐレジへと連れて行く。
　そうして由貴奈は、新しい重みを携えて、またショッピングモールを行くのだ。
（仲良くできたのにすぐお別れ……それは、確かに寂しいけど）
　由貴奈達にこの世界があるように、ミケ達にはミケ達の世界がある。
　ならばきっと、出会わないのがフツウのことなのだ。
　こうして、簡単には交わらない道のこちらとあちらで、それぞれの現実を確かに歩むのが。
（でも、さ。想い出くらいは、あってもいいよねぇ）
　胸の内に、小さくひとりごちる。
　それに、もしもお互いまた厄介事に巻き込まれることがあったなら、その時はきっと――。