ブラック・ブラックの夜｜リアクション

ブラック・ブラックの夜

◆11:06　空虚に舞う

　とっさの状況に、破空法を発動させる余裕が無いことを判断、掌打に切り替えて放つ――が、数本の羽根を宙に舞い散らせ、頬をかすめてクローネが通り過ぎる。
「あらあらぁ～？　なにしてるのかしら～？」
　空中で反転。既に『傍に立つ者』を発動し、剣闘士を召喚していた空里花へ向かって、飛ぶ。
「あんたが、クローネか……ッ！」空里花が、叫ぶ。
「そうよぉ～？　よ、ろ、し、く、ねぇ～ん」
　剣闘士と共に、連撃を繰り出す空里花の拳を、クロ－ネは木の葉のように浮き、落ち、避けていく。
　攻撃後の伸びきった空里花の拳に乗り、翼で肌を撫でる――と、剣闘士の姿が薄らぎ――消えた。
「な……んっ、だ！？　スタンド・バイ・ミー！！」
　拳に乗るクローネを振り払い、再び剣闘士を呼び出そうとするが、空里花の声が響くだけで、ろっこんが発動することはなかった。
　クローネが翼を鳴らしながら、驚愕する空里花を見下ろす。
　その表情には、余裕が溢れていた。
　――蒼い軌跡。
　クローネの飛んでいた空間ごと裂く勢いで如月が放った『蒼穹』が――空を切る。
　ぬるり、とした機動で如月の背後に回ったクローネに、人の速度を超えた御剣が迫る。
　自分の身に着けている衣服や物体と共に、文字通り『加速』を行う御剣の能力は、もちろんその手に持った木刀も例外ではない。
　奥歯を噛み締める音を口の端から滲ませながら、神速の太刀がクローネへ向けられる。
「あらぁ～？　なかなか速いわねぇ～ん。でも、まだまだかしらぁ～……ぁふぁ～」
　御剣の頭上に降り立ちながら、クローネが翼を嘴に寄せ、欠伸をした。
　腰を落とし、頭上のクローネを強制的に飛ばせて距離を取る御剣の後ろから、明るい声が響く。
「っつっても……飛べなきゃただの、カラスじゃん！？」
　新井が『この場のあらゆる人間を助けたい』と、心に浮かべ『似非ヒロイズム』を発動。
　高負荷の重力がクローネを地面に押し付ける――はずだった。
　しかしクローネは、薄い笑みを浮かべながら新井を見つめ、飛んでいる。
「……ありゃ？」新井が引き攣った笑みを浮かべた。
「さしずめ～、あんたは飛べないただの人間ね……って、人間は最初から飛べないわねぇ～」
　カラカラと笑いながら、クローネが螺旋を描き、空を飛ぶ。
　振り撒くように、散らすように、羽根を落としながら。
「……何が狙いだ」八神が、クローネを睨みつけて、問う。「あまり……人間を甘く見るな」
　尊厳、怒り、疑問。様々な感情を混ぜあわせた複雑なその言葉に、クローネは翼を震わせた。
「遊んであげる、なんて言っちゃったけど～。私、こう見えても忙しいのよね～。それにぃ～……私ばっかり気にしてたら、駄目なんじゃないのかしら～ん？」
　バサ、バサッと翼を鳴らし、クローネは楽しげに言う。
　言葉の意味を理解して、ハクアの居た場所に目を向け、無人の窪地を視界に捉えた瞬間。
「……ね？　人間、甘くないでしょ～ん？　じゃ、またねぇ～ん」遠ざかる、クローネの声。
「待て……待てよ……ッ！」
　首から下げた金の鍵を握りしめ『黄色いピヨコ』を発動させようとしていた桜井だったが――何故か、その体がカナリアになることはなかった。
　各々が自分の能力を発動させようと試行錯誤を繰り返すが、そのどれもが発動の兆しさえ見せない。
　空の四方八方から、カラスの鳴き声が聞こえるような、錯覚。
　呆然と、それを聞き――残響を追って空を仰ぎ見た。
　頂点に昇ろうとする太陽に目を細めて、瞬きをする。
　途端、周囲に雑音――車のエンジン音、人々の雑談、靴音――が聞こえた。

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