おとなになりたいお年頃｜リアクション

おとなになりたいお年頃

　　【ロマンスグレーでダンディな】

　ふと、多岐川玲栖が通りがかった公園で、一匹のうさぎが飴配りに励んでいた。
　二本足で立ち続けたり、あたりを歩き回る光景は、自覚の無いうさぎに一際の可愛らしさを与えている。
「可愛いわね、もふもふしたいわ！」
　夕暮れ時、偶然通り掛かってその姿を見た玲栖は、感動した様子で公園内へと足を踏み入れた。

「あ、お兄さん。
　飴があるよ。殆どが甘くて美味しくて、そして好きな数だけ歳が取れるんだ」
「あら？　ここにある飴は配っているの？
　こんなに美味しそうなのに、無料で？」
「うん。僕には食べてくれた人の感想や思いが一番のごちそうなんだ」
「ごちそう……？」
　その言い回しに、玲栖は少しの違和感を覚えながらも、興味に溢れてテーブルの上から一つの飴を手に取った。
「その飴なら３０歳くらい、歳が取れるよ」

「えっと……今が２９歳だから、３０歳の年をとったら……まあ！　５９歳！
　お父さんが、今５３歳だから……お父さんより年上になるってどんな気持ちかしら。
　ロマンスグレー？　でも、ロマンスグレーっていっても、アタシの場合、元から白い髪だから代わり映えしないのかしら？」
「飴はただだから、好きなのを好きなだけ食べて大丈夫だよ。いっそ、飴で３０００歳になる事を狙う人もいるかも知れないって、僕少しだけどきどきしていたんだよ」

「さ、流石に３０００歳は、勇気がいるわね……
　でも、それを聞いたら少しだけ勇気が湧いたわ」
　そう言って、玲栖は勇気を出して包みのビニールの中から紫色のニンジン型の飴を取り出し、口の中に入れた。
　広がる風味は、色から予想通りのブドウ味。ジューシーさと僅かなすっぱさと甘味が丁度いい。

　しかし──玲栖の手足は伸びる訳ではなく、どこかがきつくなった訳でもなく。
　飴を舐め終わった時、玲栖は逆に違和感がない事に違和感を覚える位だった。
「あら……成長失敗？　声は、少し違うけれども……？」
「ううん。凄くおとなになったよ。
　手鏡見る？　鏡つきのお着替え部屋もあるよ？　杖はいるかな？」
「それじゃあ、着替え部屋を借りるわね」

　玲栖が更衣室のカーテンを開けると、そこには見事なまでにナイスミドルな品の良い紳士が立っていた。
　元の服が着替えずに済んでいる事を考えると、恐るべき中年太りなるものにもならなかったようだ。
「あら、品の良いオジサマが立っているわね。
　中年太りにもなっていないし、素敵に歳をとれてるわね。
　ありがたいことだわ」
　鏡を前に、笑顔を一つ。
　それが、なかなか様になっている。

「ただし、しゃべると我ながら台無しな気がするわ……」
　笑顔が、一気に溜息交じりの情けなさそうに変わる。
「いっそ、喋り方も変えてしまえばいいんだよ。話し方も紳士風にしてみるとか」
　うさぎが楽しそうに瞳を輝かせながら、玲栖の変化を見つめてそう告げる。
「話し方も……確かにこうなって来ると、通りすがりの女性に『お嬢さん、今のお時間をご一緒に過ごさせてはくれませんか？』なんて声をかけてみたいわねー。
　あら、こういうのも楽しいわね～」

　夕暮れ時も深まって、夜の気配も漂ってきた頃。
　玲栖は早速、街中でそれを実行に移す事にした。
「そこのお嬢さん、今の君のお時間を少しだけ、私に貸しては頂けませんかな？」

　口調を変え、完全な紳士的な振る舞いで、声を掛けられた通りすがりの綾辻綾花は驚いた。
　相手が不快な訳ではない。酒には生まれつき免疫がしっかり付いていた綾花も、その帰りに異性から街中で声を掛けられる耐性は全くついていなかったのである。
「え？　あ、う、いえっ……！
　ご、ごめんなさいっ！」
　明らかに困惑混乱した様子で走り去る綾花に、玲栖はやってしまった、と少し申し訳なさそうな様子で見送った。

　しかし、その後──
　そこから大して離れていない所で、女の子……もとい、女性達の中央で楽しそうに会話をしている、誰にも分からないロマンスグレーな玲栖の姿が、気付かれないままに沢山の人に目撃されていたという──

このページにイラストを設定する