ちゃよなら、寝子祭！｜リアクション

ちゃよなら、寝子祭！

【"かくれんぼ"】

　神魂の力で、高梨彩葉は４歳児になった。
「……ここは、どこ？」
　彩葉は、子供になる以前の記憶を失ってしまっていた。
　目をぱちくりと瞬かせながら、相対的にとても広く、そして大きくなった家庭科室を見渡した。
　部屋の中には彩葉と同じ年頃の子供達がたくさんいた。
　とりわけ騒がしいのが、くせのある茶色の髪を振り乱しながらほかの子供の鼻に生クリームをつけてまわっている女の子だった。
「……あのこ、だれだろ？」
　どこかで見たことがあるような、ないような。
　うーんと小さく首を傾けながら、彩葉はふとした違和感に鼻の頭を指先でなぞる。
「あ……」
　彼女の鼻にもクリームがつけられていた。
　ぺろり、と彩葉はそれをなんとなしに舐めてみる。とても甘い。思わず幸せな気分になってほっこりする。誰かにこの幸せをお裾分けしたい。そんな気分にさせられる。
　と、そのときだった。

「うぇぇ……」

　どこからともなく男の子の鳴き声が聞こえてきた。
　それはどこか、とてもとても聞き覚えのある声のように、彩葉には思えた。

　　　＊　＊　＊

　志波拓郎は泣いていた。
　彼もまた神魂の力で４歳児の姿になってしまい、記憶もほとんど失っていた。
　４歳児になった拓郎は泣き虫で、とても人見知りな性格をしていた。
　それゆえに、まわりは知らない子達ばかりだったものだから、彼はひどく不安な気持ちになって、それでぴぅぴぅ泣きだしてしまったのだった。
　そんな拓郎の目の前に一人の少女が現れた。
「だいじょーぶ？」
「え……？」
　どこか聞き覚えのあるような気のする少女の声に、拓郎はめそめそと泣いていた顔を上げた。
「どこかいたたなの？」
　心配そうな顔で覗き込んでくる少女に、拓郎はふるふると首を横に振った。
「……しってるひと、いなくて……ひとりぼっち、だったから……」
　たどたどしい口調ながらも拓郎は少女にそう説明した。
　すると、少女はにっこり笑ってこう言った。
「じゃあ、わたしとあそぼ？」
「……え？」
　突然の申し出に拓郎は息を止めて、もう一度少女の顔を見る。
「たのしいことしたら、さみしくなくなるよ。だから、いっしょにあそぼ？」
　少女はもう一度拓郎にそう言った。
「……あそぶ？　……なに、して……？」
「うーんと……じゃあ、かくれんぼしよ？」
　拓郎は、少し考えてから、
「……いいよぉ……どっちがかくれるの……？」
　と、いろはに訊いた。
　４歳児の拓郎は人見知りなはずだったが、なぜかその少女には妙な親しみやすさを感じていた。
「えっと、じゃあ、わたしが、かくれるね。だから――」
　と、そこで少女の言葉が初めて途切れた。
　自分の名前を呼ぼうとして、それを知らないことに気づいたのだと拓郎にはわかった。
「……えっと……ぼく、たくろー……」
　拓郎が自分から名乗ると少女は少し驚いた顔をして、それからまたにっこり笑ってこう答えた。

「うん、じゃあ、たくろーくんが"おに"ね。あ、わたしは、いろは。いろはっていうの」

　親しみを感じていたのもそのはずだった。
　記憶を失う前の二人は――高梨彩葉と志波拓郎はまさしく恋人同士の関係にある二人だったのだから。

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