ビブリオバトルッ！～文系異種格闘技戦～｜リアクション

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● 架神十字のオススメ『斑点学』

　次に登壇した架神十字は寝子島総合病院の医師である。
　落ち着いた雰囲気の彼の人が、穏やかな声で紹介したのはこんな本だった。
「僕が紹介するのは『斑点学』という本だ。斑点学とは、被験者が何かを経験したり、何かの課題を行った際、脳のどの領域が活性化するかを斑点で示す研究を揶揄した呼び名だ」
　近ごろは脳科学について、盛んにテレビなどで番組が組まれるので、例えばタレントの脳に機械をつけて、怒ったり驚いたりしたときに脳がどのような反応を示すのかを赤や青などの色で示す映像を見たことがある方も多いだろう。
　では、心は、脳にあるのか。
　あるとするなら、脳のどこにあるのか。
　じつはこのことについては、専門家の間でもまだ結論が出ていない。宇宙の果てがどうなっているのか解明されていないのと同じように、心の問題は未だ明かされていない部分が多いのだ。
「この本は、脳科学の濫用に警鐘を鳴らす本なのだが、その前に、人間の脳と現代の脳画像診断についてすこし説明をしておこう」
　と十字は言った。少々専門的だが、次のような内容である。
「平均的な脳は1300グラムの重さで、約800億の神経細胞があり、他の何千もの神経細胞と連絡を取り合っている。その脳の働きを画像として測定する方法として、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)という脳画像法がある。これはボクセルという単位で測定する。1ボクセルが約3ミリ立方メートルで、典型的な脳では約5万ボクセルだ」
　fMRIでは各ボクセルの血液中の酸素濃度が分かり、酸素の消費量から活性化している脳の領域を推測するのだ、と十字は言う。
「ただ、神経細胞が活性化してから酸素濃度が変化するまでには、少なくとも2秒から5秒のずれがあり、めまぐるしい神経活動を検知できない恐れがある。また脳のある箇所が活性化していても、何を考え感じているか特定することは難しい。たとえば、恐れを感じることで活性化する扁桃体は怒りや幸せを感じているときも活性化する――」
　と、ここで十字は観客たちを見渡した。

「この本は、心と脳の関係は複雑で、現在の脳画像診断では充分に分からないのだということを教えてくれる。
　脳のスキャン画像はアルツハイマーや脳腫瘍の診断には役立つかもしれない。
　だが、みなさん、どうだろう？　妻とケンカしたんだけどどうしたらいいか、と相談したら、それはあなたの脳のこの部分が活性化したせいですね、と言われたら。
　欲しいのは脳内物質を抑える薬なのか？　おおよその場合、きっと違うだろう。必要なのは、気持ちが楽になる一言だったり、仲直りの方法だったり、他者の経験談だったり、そういうものじゃないかな。つまり夫婦喧嘩を仲裁する場合には、心理学や社会学のレベルで取り組む必要があるだろうということだ。
　進歩目覚ましい脳科学だが、現時点では万能ではないということを、より多くの人々が知っておくべきだろうと僕は思う。ぜひご一読を」