秋の夜の花占い｜リアクション

秋の夜の花占い

「少し、歩かないか」
「ええ」

斑鳩遙と秋ノ宮こまちのふたりは秋空の下、歩みだす。
つかず離れず、一定の距離感を保ったまま。
多くを語らなくとも、居心地の良さがそこにはあった。

ふたりを照らす月明かりをなぞった有名なあの言葉を言ってみようか。
悪戯っぽく笑ってしまえば、きっとこの人は冗談だと流してくれるだろう。
でもいざ言おうとすると、緊張で声が出ない。

「おや、」
「三味線……？」

どこからともなく響いてきた音色につられ、ふたりの歩みは九夜山へ向かう。
がさり、と音を立てて開けた場所に出れば、そこには赤い野点傘。

『そなたの恋心を占のうてやろう』

恋心、という単語に、こまちは一瞬表情を強張らせる。
慌てて平静を装うと、ちらりと遙を盗み見た。
遙はそんなこまちには気づいていない。こまちは気づかれないように、ほっと息をもらした。

「恋占い、ね。こまち君はこういうの、好きなのかい？」
「えっ？ええと、特別好き、というわけではないですけど……」

遙の問いに応えながら、こまちは夜空を遮る野点傘と、水盆。そしてその前に座る女性へ目を向ける。
そんなこまちの視線を追って、遙はそっとこまちの腰を押す。
片方の手をこまちの手に添えると、女性の方へ一歩、足を踏み出した。

「俺も、特別信じる方ではないけれど。こういう嗜好もたまにはいいんじゃないか」
「斑鳩さん」

遙にエスコートされて、こまちは毛氈の上へ膝を下ろす。
戸惑ったような目を遙に向けるが、彼はこまちの傍に立ったまま、三味線の女性を見つめていた。

聞きたいのは、隣に立つ彼のこと。
彼を想う、私の心のこと。

そんなことを言えるはずもなく、こまちは相手を隠したまま、女性に語りかける。

「私には今、意識している男性がいて」

こまちは遙が自分を見ていないことを確認して、言葉を続けた。

「その人は私のことを認めてくれて、私に新しい世界を見せてくれた人で。私の中でその人の存在が日ごとに大きくなっています。
私のこの気持ちが、独りよがりだと、自分でも思います。……それでも、その人のことを考えているだけで満ち足りた気持ちになるんです。
……だけど」

こまちの表情が曇る。

「私は、何年かしたら自由に恋心を抱くことも、もしかしたらこんな風に夜に出歩くことすらもできなくなります。
本当は、今も恋なんて、したらダメなのかもしれない。もしも、この恋に溺れ、あの人を忘れられなくなったら……私は、狂ってしまうかもしれない」

女性の持つ三味線を見つめながら、こまちはふと、猫を思い浮かべる。
三味線の胴に貼られた皮は、恋を知らない雌猫の腹の皮だと言う。
猫たちは、知っていたのだろうか。
この熱と、先の不安に押しつぶされそうな心情を。

「私は、自分の気持ちと向き合うのが怖いんです。……この気持ちと、どう向き合えばいいでしょうか」
『そなたの花は、竜胆。花言葉は“そなたの悲しみに寄り添う”』

水盆に浮かんだのは紫色の花。
その蕾は、月明かりの下では開こうとしない。

『そなたの中にある熱。それは紛うことのない恋心。それはそなた自身、向き合えないだけで自覚はしておろう』

女性の言葉に、こまちはこくりと頷く。そこは自分に隠しても仕方がない。

『どのように向き合うか。正面から捉えずとも、傍に寄り添うてやればよい。一度燃え始めた心を忘れることなどできはせん。ならば上手く付き合う術を見つけるがよかろう』

それと、と女性は思い出したように付け加える。

『竜胆の花は太陽の下でのみ開く。そなたの花を開かすか、蕾のまま終えるかはそなた次第』
「太陽の下だけ……」

こまちは竜胆の蕾を水盆から掬い上げた。

「いただいて行っても、良いですか？」
『そなたの花であろう。好きにすると良い』