秋の夜の花占い｜リアクション

秋の夜の花占い

椿美咲紀は級友である八神修の自室で、数学の教科書を前に低い唸り声をあげていた。

「ほら、もう一問解けたら休憩にしよう」
「そのもう一問が大変なんですよぅ……」

うんうんと唸りながらも必死に問題に立ち向かう姿に、修は笑みを零す。
自身も与えられた課題に取り組みながら、時々美咲紀の進み具合を確認し、行き詰っていればアドバイスをしていた。

「うー、やっと終わったのです」
「お疲れ様。約束通り休憩にしようか」

どこに隠していたのか、美咲紀の前に差し出されたのはお皿に並べられた美味しそうなクッキー。
目を輝かせてつまめば、程よい甘さが体に染み渡っていく。

「シュー君はなかなか飴と鞭の使い方がお上手ですねぇ」
「それは褒めているのか？」

皮肉とも取れる美咲紀の発言に、苦笑する。しかしそんな憎まれ口も、親愛の証とれて微笑ましくなる。
しばらくのあいだ、ゆったりとした空気が流れた。

「ん？」

空気の循環のために開かれた窓から、夜風と共に微かに音が聞こえる。

「美咲紀、何か聞こえないか？」
「三味線、みたいですね」

ふたりは顔を見合わせると、休憩がてら夜の散歩へと繰り出したのだった。

「占いですか！！」

三味線の音を辿って九夜山にたどり着いたふたり、特に美咲紀は女性の「占い」という言葉に表情を輝かせる。
修はそんな美咲紀を見守る保護者のようにやれやれといった様子で隣に座った。

「私はいつ、どんな彼氏ができますか！？」

さっそく、といった様子で美咲紀が問いかける。
修が小さく息をついたのを耳敏く聞き取ると、頬を膨らませて「何ですか！」と抗議の声をあげた。

「シュー君もちゃんと聞いておいてください！私には重要な事なんですよ！」
「わかったよ」

興味深々で女性を見つめる美咲紀。
しかし、水盆の上には変化が起きない。

「……あれ？」
「もしかしたら、俺が彼氏だと思われているんじゃないか」
「え、彼氏じゃないですよ！」

女性に向かってぶんぶんと手を振って見せる美咲紀。
修は横を向き、複雑な表情で「清々しいまでのout of 眼中」と呟いていた。

「おにのぶちょーなのです！あとおにの先生でもあるのです。私に対してぜんっぜん容赦してくれないんですよ！」
「こいつ……誰が鬼だ、キュウリ」

鬼鬼と連呼する美咲紀にさすがの修も呆れ顔。
美咲紀の頭を小さく小突くが、美咲紀はそんなものはお構いなし。

「どうせ付き合うなら、優しくて紳士的で素敵なイケメンが理想なのです！シュー君は大事な掛け算妄想の素材なのですよ！」
「お前それを本人の前で言うのか」
「腐っているから腐れ縁、なんて思ってないですよ？」
「同じことを考えてしまっていた……」

息の合った掛合いを見せるふたり。

「シュー君も、この際だから占ってほしいこと言っちゃいましょう！」
「え、俺もやるのか。俺は別に信じないぞ？」
「ここまで来てやらない選択肢はないですよ！ほら、好きな人のこととか！」
「えっ！？」

“好きな人”という言葉に修はあからさまな動揺を見せる。
その反応に、美咲紀は意地悪な笑顔を浮かべると、修の肘のあたりをうりうりといじった。

「おやおやぁ？お兄さん少しは占いに興味が出てきましたね？」
「俺は、神秘的なものは認めるが浪漫に浸るのをいいとは思わない。だから、アドバイス程度に聞いておくよ」
「素直じゃないですねー」