秋の夜の花占い｜リアクション

秋の夜の花占い

青物といきも、他のみなと同じように三味線の音につられて九夜山に足を踏み入れた１人だった。
明るい髪色に、虹色のエクステが揺れている。
ろっこん絡みの不思議な出来事には、もう慣れたものだった。

「何が目的なんだにゃ？」

夜の山の中にあってなお、暗さを感じさせない赤色に、といきは目を細めて相手の出方を待つ。

「恨みを晴らそうとか、そういうことにゃ？」
『占のうてやろう。そなたの、恋心を』
「にゃ……にゃ！？恋、心……？」

予想に反した言葉に、思わず身を引くといき。
恋心、という言葉に、今までにはなかった重さを感じていた。

「つまり、恋愛について占ってくれるにゃ……？」

といきの問いに応えないまま、女性は涙を流している。
そんな姿を見ながら、といきは落ち着いて、そっと毛氈の上へ座った。

「え、と、といきの、好きな人は……」

好きな人。改めて口に出すと、なんだかとても恥ずかしく、そして苦しい言葉。
といきは黙ったまま、月を映す水盆を見つめていた。
しばらくして、ようやく唇を開いた。

「ずっと、知らないふりをしてきた。でも……うん。といきは好きな人がいるにゃ。ずっと、ずっと好きだった」

視線は水盆に固定したまま、といきは続けた。

「年上で、身近なところにいる。そっか、そうだったね」

なんとなくずっと続けてきた。
周りに合わせて、親の言うことを聞いて。なんとなくここまで過ごしてきた。
でもずっと“好き”で続けていた陸上を通じて、もっと“好き”な人に出会うことができた。

「先生……」

といきが小さくつぶやく。
浅井幸太は寝子島高校陸上部の顧問として、といきと関わる立ち位置に居る。
始めのうちはからかい半分で接してきていたが、といきのなかは少しずつ感情が変化していっていた。
口に出してようやく受け入れる。

「いくら子供っぽいとはいえ、成人男性。ましてや教師という立場にあるのに、真剣に向き直ってくれるはず、ないよね」

自分で口にする言葉のひとつひとつが胸を締め付ける。
わかっている。これがどんなに望みの薄い想いか。

「だけど、」

それでも。

「私は、先生の特別になりたい」

しっかりとした目で、三味線の女性を見据える。

「教えて。私だけの、特別な花を。好きな人に、特別だって思ってもらえるには、どうしたらいいのかを」

といきが言葉を言い終える前に、水盆に変化が現れる。
色とりどりの小花が、水盆一杯に浮かんでいた。

「にゃ！？」

突然の出来事に、といきは思わず飛び上がって水盆との距離を取る。
三味線の女性は動じないまま、すっと水盆を指差した。

『そなたの花は撫子。花言葉は桃が“大胆”赤が“野心”白が“才能”』

色に合わせて様々な花言葉を持つ花がある。
撫子もそのひとつ。

『そなたは問うた。特別だと思うてほしいと。ならば、強く気を持ち続けるがよい。そなたのその足で、ひたすら上を目指すがよい』
「足、で？」
『そなたには才能があるのであろう。しかし才能は気持ちが続かなければ燻り、消えてしまうモノ。そうならぬように、野心を抱き続けるがよい』

白い撫子の“才能”それに赤い撫子の“野心”
そのふたつはといきにとって決して欠けてはならないものだと女性は言う。

『駆け抜けて一番上へへとたどり着けば、そなたの想いも、その環境も変わるであろう』
「……わかった。じゃあ、最後の大胆ってなんだにゃ」

女性の言葉に勇気づけられたのか、といきの語尾が戻ってくる。

『女性が慎ましやかであれというのは、この時代にはそぐわぬのだろう？ならば動け。そなたの足が動く限り』
「にゃ……」

といきは自分の足を見下ろす。
今までいろんな場所を走ってきた。
そしてこの先もいろんな場所を走りたい。
ひとりじゃない。大切なあの人と一緒に。
夢に見た、箱根の地を、この足で。