秋の夜の花占い｜リアクション

秋の夜の花占い

時子と入れ違うようにその場にたどり着いた智瑜は、そっと自分の頬をつねってみた。

「痛い、ですね」

自分の夢ではないと気付いたところで、改めてあたりを見回す。

「恋心を占ってもらえるの？」
『そなたの心をな』
「……よろしくおねがいします」

緊張を隠しきれないまま、智瑜は毛氈の上に正座をする。
正面から見た女性は、頬に涙の痕をつけながら、じっと座っていた。

智瑜の想い人もまた“禁断”の相手である。
数学教師である桐島義弘に恋心を抱いていた。
真面目で生徒に怖がられやすい桐島先生だが、智瑜は違った。

「初めて会ったときから、ずっと好きなんです。一目ぼれだったんです」

恋を語る智瑜の表情はきらきらしていて、その瞳はまるで目の前に相手がいるかのように優しい。
授業中のきりっとした姿も、慣れない部活動の顧問で必死になっているところも、そしてその必死さを決して部員の前では出さないところを。
なぜか大事なところでズボンを破いてしまうおちゃめなところも。
智瑜にとってはすべてが愛おしかった。

「好きな人に、振り向いてもらえますか？それに、好みのタイプとか、教えてほしいです」

欲ばりだったかな、と、智瑜が上目使いに女性を見る。
女性は智瑜の視線に気を向けないまま、三味線を奏で始めた。

『衝羽根朝顔。花言葉は“心の安らぎ”』

水盆に浮かんだ花を静かに捉えて、女性が占いを口にする。

『想い人の好みは、安らぎを覚えるもののようだの。共にいて心が落ち着く者。悪戯に逸らせるものではないの』

確かにそうかもしれない、と智瑜は頷く。
桐島先生はあまり自分の意志を無視するような行動はとらない。
ならば相手にもそれを望むのではないか。
しかし、続いた女性の言葉は、智瑜にとっては意外なものだった。

『逸ることはない、とはいえ、人のために接し方を考えておる。ならば多少自身の意志と違う出会いがあろうとも、心さえ逸らなければ受け入れるであろう』
「えっと、多少振り回されても、納得できれば問題ない、ってことなんでしょうか」

それは普段の授業中のイメージからは少し想像ができなかった。

『もうひとつは姫彼岸花。“また会う日を楽しみに”』

赤い花が月光と水盆の水を受けてきらきらと光っている。

『会うことを恐れるなかれ。誰よりも多く傍におれ。今伝えられるのは、そこまで』
「そっかぁ」

少し残念そうに智瑜はふたつの花を見つめる。
直接的な答えはなかった。けれどそれでいいのかもしれない。
先に応えがわかってしまうのは、なんだかつまらない。

「今は、この花たちが自分にとって大切なものになる。それだけで十分です」

優しく微笑んで、智瑜は改めて女性に向き直った。

「あとは、あなたの涙の理由が知りたいです」

ろっこん“想い見る”を発動する。
智瑜の頭にノイズが走った。それは古いビデオテープを再生するように流れていく。
見覚えのある橡の小袖が、風に靡く。
そして微かに、風にかき消されるほどの大きさで「もう一度」と女性の声が聞こえた。
頭によぎった映像。その場所はおそらく、

「墓地……？」

智瑜は女性を見つめる。
彼女の涙の理由ははっきりとはわからない。けれど。

「近しい人を、亡くされたのでしょうか」