秋の夜の花占い｜リアクション

秋の夜の花占い

「やぁレディ……どうやら君が俺を呼んだようだね」

八十八旗信彦は撥を持つ女性の右手をそっと持ち上げる。
表情一つ変えずに、涙を流す女性に向かってウィンクを投げると、いつものように舌が回り始める。

「袖を濡らす雨の気配に誘われて来たら、そこには君がいた。
きっとその涙を拭う手伝いが、俺にはできると思う。どうかな？俺でよければ胸をお貸しするよ」
『そなたの恋心を占のうてやろう』

信彦の言葉には一切の反応を見せず、女性は淡々と問いかける。
その様子に、信彦は一度手を離すとまじまじと女性を見つめた。
そうして、水盆の前に座ってやれやれという風に首を振る。

「実を言うと、彼女と喧嘩中でね」

“美しいレディに出会ったら声をかけるのが紳士のマナーさ！”
と豪語するほどの女好きで知られる信彦は、その信念を一切曲げずありとあらゆる女の子を喜ばせてきた。
不思議と、女の子の喜ぶ言葉を、ベストなタイミングでかけることにおいては右に出るものはいないだろう。
それ故に社交関係も幅広く、信彦の周りには常に笑顔が絶えなかった。
しかしたったひとり、そんな信彦の行動にやきもきとしている人物がいた。
それこそが信彦の最愛にして唯一の恋人である。
彼女も信彦の性格は理解していた。だからといって、自分以外の女の子に声をかけ続ける信彦に、次第に不満がたまっていったのも事実。
そしてとうとう、信彦は彼女を怒らせてしまったのだ。

「レディを口説くのは紳士の嗜みであり、決して浮気などではなかったのだが……そうはいってもしばらく避けられている状態なんだ。
俺にとって、女性の笑顔がなくなるようなことは紳士失格。……彼女にもう一度、俺の隣で笑っていてほしいんだ」

最後の一言は普段の気障な物言いと少し違い、現状への淋しさがうかがえた。

「仲直りしたいと思っているんだが、上手くいくだろうか」
『確かに、預かった』

女性の三味線が音を奏で始める。

「以前別の占い師のレディには、異性に関して常軌を逸した幸運の星に守られている、と言われたんだがね」
『その占い師も、言い得て妙であったの』

三味線の音が止まる。
水盆には綺麗な花弁を揃えて胡蝶蘭が咲いていた。

『花言葉は“幸福が飛んでくる”。そなた、前も言われたのではないか？そなたの在り方が変わろうとも、そなたに対する感情はおいそれとは変わらぬと』
「たしかに、似たようなことを言われたよ。さすがレディ。君には俺のすべてが見透かされているようだ」
『そなたが変わろうと足掻いても、周りはさほど変わらぬ。なれば、今のまま自然体で居る方がいいのであろう』

女性の言葉に信彦は大きく頷く。

「そう、やはり俺は今のままが最高ということ。もちろん、それに気づかせてくれた君も、最高の女性さ。
その涙の意味は、どうしても教えてくれないのかい？」

女性は応えない。
信彦は仕方がない、と差し出しかけた手を引く。

「月に叢雲、花に風。涙に濡れる明日よりも、晴れやかなレディの笑顔を欲してしまうのが、俺の性なのさ。気を悪くしないでくれ。そしていつかは君の素敵な笑顔を見せてくれると嬉しいな」

最後に気障っぽくウィンクを残して、信彦は帰路につく。

この先に、大掛かりなセッティングを要した仲直りの場で、見事恋人の笑顔をもう一度見ることができるのだが……それもまた、別のおはなし。