秋の夜の花占い｜リアクション

秋の夜の花占い

音羽紫鶴は一緒に出掛けていた藤音鈴桜を星ヶ丘の屋敷に送り届ける途中で三味線の音を拾った。

「面白そうだから行ってみないか？」

と、優しく鈴桜を誘い、九夜山へと登っていく。
鈴桜は紫鶴が行くならば、と遅れないようその後をついて行った。
やがて目前に広がった光景に、紫鶴は感嘆の息をつく。

「なかなか見事だ。これもこの島特有のものなのかな。十二単も、珍しいね」
「どうしてこんなところにいるのかな」
『来や、そなたらの恋心を占のうてやろう』

その言葉に、紫鶴はへぇ、と声をもらす。

「古風で楽しそうじゃないか。少し試してみようか」

警戒心無く腰を下ろした紫鶴の横に、鈴桜もちょこんと座りこむ。
小動物のような鈴桜の仕草に、紫鶴も自然と顔が綻んだ。

「そうだなあ、じゃあ僕と鈴桜の今後について、占ってもらおうかな」
「えっ！？」

紫鶴の言葉に鈴桜は思わず彼の顔を見上げる。驚いたような表情がだんだんと赤く染まってきて、最後にはぷいっと俯いてしまった。
そんな様子にくすくすと笑いながら、紫鶴は続ける。

「僕と鈴桜は許嫁同士なんだ。この先も一緒に居れるのかどうかとか、占えるのかい？」
『確かに』

女性はすっと撥を下ろす。奏でられる三味線の音色に、ふたりはしばしの間、聞き入っていた。

ぱしゃり、と水の跳ねる音がして、水盆の上に花が咲く。
紫色のその花を見て、紫鶴はぼそりと呟いた。

「桔梗か」
『桔梗の花言葉は“優しい愛情”』

その花言葉に紫鶴よりも鈴桜の方が反応を見せる。
桔梗の花を見つめたまま、困ったように口をぱくぱくとさせていた。
その頬は、赤い。

「という事は、この先も仲良くいれそうだね」

紫鶴がにっこりと笑いかけると、鈴桜はこくこくと小さく頷いた。

「鈴桜も占ってもらうかい？」
「わ、私も？」

紫鶴に促され、鈴桜が一歩水盆に近づく。
桔梗の花を見ながら、戸惑いながらも口を開く。

「あの……、やっぱり無理！」

そう言って鈴桜は女性のすぐ隣に移動すると、紫鶴の方をちらりと見ながらその耳元で自分の気持ちを打ち明けた。
どうやら、自分の占いの内容を紫鶴に聞かれるのが恥ずかしかったようだ。
紫鶴は時々送られてくる視線を感じながら、柔らかな笑みを浮かべていた。

「せっかく小声で話しているのに、あれじゃ僕のことだって言っているようなものだよ」

「あの、気になる人がいるんだけど、私が大人になるまでその人は待っていてくれるかな？大人になっても、私はその人のことを好きでいられるのかな」

というのが鈴桜の占ってほしいことであった。もちろん気になる人とは紫鶴のことである。
許嫁という関係性を結ばされているふたり。初めこそ親の決め事のひとつだったが、鈴桜の中で紫鶴の存在は次第に大きくなっていた。
紫鶴はどうなのだろうか、と鈴桜は思う。彼は、本当に私のことを決め事以上の好意を持って接してくれているのだろうか。
桔梗の花言葉のように、愛情を向けてくれるだろうか。

『そなたの花は蛇の目菊。花言葉は“私を見つめて”そして“愛の始まり”』
「――っ！！」

水盆に浮かぶオレンジの花を見て、声にならない声をあげる。

『そなたの想いはまだ始まったばかりのところにおる。どうやら、複雑な関係のようだの。知らず知らずのうちに焦りを感じておる』
「焦ってなんか」
『私を見つめて、というのは、相手の目が他に行くことを懸念しておるのだろう。虜にしてしまいたいのだな』
「私だけの、虜に」
『名を付けただけの箱に、後から中身を詰めようとしておるのだ。箱が大きければ大きいほど、中身が埋まらずに焦るのだ。
そう急がずとも良い。終わりまで先はまだ長い』

箱を紫鶴と鈴桜の許嫁という関係、中身を信頼関係だったり恋愛感情を考えれば確かに合点がいく。
許嫁の名を与えられたのは遙か昔。そして、ふたりが共に歩む先は、まだまだ長いのだ。

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