秋の夜の花占い｜リアクション

秋の夜の花占い

マリベル・ロイスは両目を擦ると、もう一度目を開いた。
何度試しても同じ光景が目の前に広がっている。

「なんやウチ散歩に出たと思ててんけどなあ」

マリベルはこの光景を自分の見ている夢だと捉え、毛氈にちょこんと座った。
三味線の音色に誘われて外へ出たような気がするのだが、寝てしまっていたのだろうか。
寝子島に移り住んでからというもの、不思議な夢をたくさん見るようになった。
最も、もれいびたちからすればそれは紛うことなき現実なのだが。

「しっかしこういうんを風情があるって言うんかな。桜の木の下とかやったら綺麗と思うねんけど」

夜闇の中に月明かりだけを頼りにしているこの場所を、興味深そうにきょろきょろと見回す。

「ウチの夢にしては、えらい落ち着いとるな」
『悩み子よ』
「うわぁっ！喋ったぁ！！」

人形か何かだと思っていたのだろうか。三味線の女性が声をかけると、マリベルは絵に描いたように飛び上がり数歩後ずさった。

『そなたの恋心を占のうてやろう』
「こ、こいごころ……？」

警戒しながらもそぅっと毛氈の上に戻ってくると、他に驚かし要員がないかどうかを確かめてからまじまじと女性を見つめる。

「恋心言うてもな……ほんまに申し訳ないんやけど、ウチ今フリー、というか、恋人居らんねん」

フリーと言いかけて、日本語に直す。
女性の服装があまりにもこの時代にそぐわないものだったことに気を使ったようだ。

「あ、でも恋人がほしいのはほしいねんで？ウチのことちゃんと大切にしてくれる人」

そして自分が相手のことを大切にしたいと思える人を。
マリベルは両親について日本にやってきた。
幼いころから色々な国を巡り、色々な人と出会ってきたのだ。
人の縁とは不思議なもの。

「ウチはスペイン……えーっと、海の向こうで生まれたんやけど、縁があってこの島にきたんや。せやからこの島にはきっと、もっと素敵な運命の出会いがあるって信じてるんや！」

今いる友達も、スペインに残っていたら出会えなかったかけがえのない人たち。
ひとつひとつの選択肢を越えて、今の縁が繋がっている。

「えっと……今のウチにぴったりな花ってありますか？って、こんなアバウトでええんかな。言うても、恋人おらんし、作るためには自分を磨かなあかんし……
なんかこう、今の自分を示してる花があったらええなあって思うねんけど、どうやろ？」
『確かに』

女性は応え、三味線を弾く。
音楽家の家系に生まれたマリベルは、和楽器の演奏を真剣な面持ちで聞いていた。
オーケストラとは違う、力強い音が響く。
やがて水盆には真っ白な花が咲いた。

『秋桜。花言葉は“純潔”』
「コスモス、やんな」

水盆から持ち上げたそれは、秋口になると色とりどりの花を咲かせるコスモス。
真っ白な花弁に水盆の水が光っていた。

『今はまだ白い。そなたが望むように変化していくだけの器は備わっておる。
恐れも汚れも知らぬのは、娘のうちだけよ。その花のような白さは、この先も忘れるでないぞ』
「白いんかぁ」
『秋桜は色によって言葉の変わる花。赤く染まれば心は燃え、茶に染まれば恋の終わりを告げる。
そのどちらともないそなたには、白の秋桜が似合うよの』
「あれやんな、あなた色に染めて！言うやつ」

マリベルはコスモスを手に勢いよく立ち上がる。

「せやったらウチは染めてほしいと思える人を探したらええんやな！ありがとう花占いさん！」