秋の夜の花占い｜リアクション

秋の夜の花占い

維都月茉菜は普段の柔和な表情とは違う、冷たい視線を三味線の女性へ向けていた。
夜の九夜山に広がるその光景は、深く考えずとも人の世の者でないことが見て取れる。
茉菜はただ涙を流すその女性の目を真っ向から捉えていた。

“可能であるなら神すら要らない。世界に存在するのは、人だけで良い”

茉菜の脳裏に持論が過る。
猫も、鴉も、神ですら、茉菜にとっては“不要”。
三味線を奏でる女性もまた、茉菜にとっては不要な存在であった。

「まぁ、でも」

不要ながらもここで出会ってしまったのは何かの縁。
人でないのなら、人に話せないことでも聞いてもらいましょう、と茉菜は毛氈の傍に寄る。
決して座らず、何かあればすぐ対処できる距離を保っていた。

「どうせ長くこの世に存在しないモノならば、私の話を聞いてもらおうかな。文字通り、墓場まで持って行ってね」

茉菜は胸の前で腕を組み、女性の目を見据えながら話しはじめた。

「……５月から、今日までで２人。人を好きになったんだと思う。尻軽、だよね。本当に。
しかも、この好意は２人にとって、迷惑だったって気づいたんだ」

女性はまっすぐに茉菜の瞳を見つめ返している。

「相手にも選ぶ権利がある！なんて強がってみたけど、結局は無駄で。……しかたないよね、それなりのことをしてきているんだもの」

猫と鴉。そのどちらをも嫌悪の対象として自覚した事件を思い出す。
自分が執った行動が、その他大勢からどう思われていたのかは想像に難くない。

「でもね、そんな私でも憧れるときはあったんだ。

屋上でお昼寝をして、
一緒に登校して、
図書館でしゃべって、静かにしろって怒られて、
テスト前は一緒に勉強……一夜漬けとかして、
帰りは一緒に帰ったり、
帰り道の途中で駄菓子屋さんに行ったり、
夏はアイス、
冬は肉まんを食べて、
お休みの日は一緒に遊びに行って、
そんな、とにかく青春みたいなことをしたいって」

茉菜にとっての“憧れ”は、奇しくも新入生の挨拶の時に、ののこが述べた事とほとんど同じような内容で。
それは今まで、体が弱く普通の学校へ通えなかった茉菜の心からの願いでもあった。
茉菜は不要な神が数か月前に同じような誓いを述べたとも知らずに、その想いを打ち明ける。

「そんな風に思ってた。思っていた時もあった。
出来ないことを、期待することも、努力することも、私はもう、やめたんだ……」

次第に語尾が震える。
本来ならば病院での生活を強いられてもおかしくない様な状態で、今こうして立っていられることが最早奇跡なのだ。
それ以上を望んでいた。しかし、茉菜は知ってもいたのだ。

「いつかすべてが、夢幻で終わってしまうのかな」

茉菜はそこで一度、女性から視線を外し、空に浮かぶ月を見上げる。

『千年を過ぐすとも、一夜の夢の心地こそせめ』
「えっ？」
『そなたの花は天竺葵。花言葉は“君ありて幸福”』

茉菜が目を逸らしていたうちに、水盆には可愛らしい紅色の花が浮かんでいた。

『人は千年を生きながらえようとも、終わるときは一夜の夢のように儚く思うもの。
そなたは今、生きてはおらぬのか？病床の上で見ている夢とは別物ぞ。なれば、夢幻と消えゆく記憶なぞない。
そなたがここにいるからこそ、救われる者あり、悩む者あり、幸福と謳う者あり』
「私、生きているよ」
『そうであろう。ならば精一杯に生きよ。そなたの憧れは幻ではない。そなたが生きておるだけでそれを喜びとするものが居ることを忘れるでない』

相変わらず涙を流すその女性は、しかしはっきりと言い切る。

生きよ、と。

茉菜は何も答えず、踵を返し山を下った。
女性の力強い眼差しと、強く言い切った言葉が頭の中を蹂躙する。

生きよ、と。