秋の日に、ブライトグリーンで｜リアクション

秋の日に、ブライトグリーンで

●窓辺ににじむ
　用事を終えた帰り道。こんな秋の日の午後にスケジュールが空くと、つい普段行かないところへ足を延ばしてみたくなる。
　何かしらの変化を期待して、仙藤紫は落ち葉の舞い散る星ヶ丘の道をぶらりと散策していた。
「もう秋も終わりに近づいて、そろそろ冬か……あっという間、だったわね」
　星ヶ丘駅前の道路から普段通らない路地へと抜けると、景色の開けたところに一軒の喫茶店があった。
「こんなところにカフェがあったのね」
　装いのよさに惹かれ、ドアをくぐる。おしゃれカフェをうたいながら落ち着けない喫茶店は多々あるが、店内を見渡した仙藤は「あたり」だと確信した。
　空いている席の中から日当たりのよさそうな窓際席へ座り、メニューを開く。モンブランと紅茶を頼み、待っている間に本棚から一冊の写真集を抜き取った。
　写真集の題字にはファンシーな字体で「猫のいる風景」と書かれている。
　普段は比較的硬めな本、たとえば小説だったり心理学・哲学の本を読む仙藤だが、今日はぎっしり文字の詰まった本を読む気にはなれなかった。
　なにせいまは大学受験の近づく時期。仙藤はAO入試で早めに合格をもらっていたが、受験勉強から解放されたかと思いきや、今度は大学から出される課題に追われていた。
　写真集をめくりながら、残りわずかとなった高校生活を振り返る。
　今でも時折遊びに行く寝子高水泳部での思い出や、夏のミスコンに参加したこと、そして友人たちとの日々ーーいまや全ては思い出話になっていた。

　注文していたケーキセットを、御巫が運んできた。
「お待たせしました、ケーキセットのモンブラン、です……こちらの紅茶、お熱いので、お気をつけてくださいね」
　音をたてずにティーセットを用意する御巫の慣れた手つきに、仙藤は感心していた。所作からすれば接客に慣れているのは確かだが、今日がバイトの初日だと知っていたらさらに驚いたかもしれない。
　コゼーをかぶせる寸前、置かれたティーポットからほわりと湯気が立ち上った。
　ダージリンのストレート。大半の洋菓子とあわせても味を壊さない、由緒正しい選択肢だ。
　１分ほど待って注ぐと、茶葉の香りがあたりいっぱいに広がった。熱さを確かめるように少量を口に含み、のどを潤す。モンブランの甘みと紅茶の香りが、疲れた気持ちをいくらか拭い去ってくれた。

　紅茶であたたまった体で軽くのびをし、ソファの背もたれに身を預ける。日の光を反射して輝くスワロフスキーのサンキャッチャーが、視界の端で踊っていた。
　あんな風に時間に自由のきく日々は、今すぐには手に入りそうもない。
　大学での学びは自分から興味を持って取り組むものだと聞く。本気で学べば実入りはありそうだが、それにしたって地の学力やら考える力は必要とされるだろう。
　世の中、そう楽はさせてくれないものらしい。だが、それでも。
（たまにはこういう日があってもいいかな）
　この店内では改まってすごす必要などないと気づき、正していた姿勢を少しだけ崩して足をのばす。時計を見ると、知らぬ間に１時間が経過していた。
「ごちそうさまでした。ケーキ、おいしかったです」
　会計の際に礼を言って出て行く仙藤。腰を折る仕草にはすっかり大人の風格が漂っていた。
「礼儀正しい子ねえ。……大学生かしら」
　あくまで大人びた振る舞いを通す彼女に、みどりはそんな感想を抱いたという。