秋の日に、ブライトグリーンで｜リアクション

秋の日に、ブライトグリーンで

●学び、生きるということ
　ケーキをほおばったあと、三人の関心はそれぞれの休日の過ごし方へとむかう。
『最近は、趣味としての曲づくりの勉強とかを少しずつやってるんです』
　中学時代からほこりをかぶっていた作曲の本をひっぱりだしたという浅山。封印していた趣味ではあったが、あらためて触ってみるとやはり楽しかったようで、作曲の魅力を筆談で語る浅山の表情は活き活きとしていた。
『あとは読書をしてすごしたりもしてます』
「本か……俺も読書は好きなんだ。何かおすすめの本とかはあるか？」
『それでしたらこんな本はいかがでしょうか』
　読書の言葉に反応して、八神がおすすめ本を聞くと、首をひねりながら浅山はいくつかの書名を書き出してくれた。それらを全てメモ帳に控え、八神は礼を言う。
「俺も小説を読んだり、ペットの世話をしたりしてるかな。ああ、あとは家の用事とか」
　親の名代としていろいろあるのだと八神は語る。大人の社交場というのは建前と本音を使い分けねばならず、学生同士のように本当の意味で仲良くなるのはむずかしい。疲れることも多いのだが、それでも実社会で手腕を振るっている人たちの言葉は大変タメになるのだ、とも。
『月さんは？』
　そう浅山に聞かれ、常闇は何事かを口にしかけて言いよどんだ。心配することはないと促され、意を決するように口に出す。
「私は……その、可愛い女の子というのがどういったものかを、最近はしきりに考えてます」
「うん、そうか……うん？」
『あら！』
　いきなり飛んでくる予想外のプライベートライフ。変化球を通り越してド直球である。
　大概のことには動じない八神も一瞬声に動揺がまじってしまい、咳払いまじりにそうなのかーと相槌をうちなおす。
「今まで考えもしなかったことなので、何か、参考になりそうな書籍がありましたら、教えていただけないでしょうか」
『あら……では、こんなのいかがでしょうか』
　女子力のあがりそうな家具インテリア情報誌の名前を書いたり、本棚からファッション誌を引っ張り出して見せていく浅山。常闇は興味津々だ。
　置いてきぼりをくらってしまった感じのする八神だが、もとよりガールズトークに入るような野暮なまねはしない。
　むしろ和気藹々と盛り上がる二人の友人が微笑ましく、このまましばらく見守ろうと決めたのだった。

　プレートでなく和皿にのったケーキを綺麗に崩しながら、沙穂はみどりと世間話をしている。この分だと十分、二十分ほどはくつろいでいってくれそうだ。
　先生の様子を見ながらふと、御巫はお客のおおよその滞在時間が読めるようになっている自分に気が付いた。接客自体が元々好きだったとはいえ、こんなに短時間で上達しているなんて。
　一旦カウンターの奥にさがり、カップを乗せていたトレンチを置いてキッチンを手伝う。今いるお客さんはこのまましばらくいるだろう。従業員数は少ないのだから、やれることを率先して片付けていかなければ……。
　仕事は次から次へとわいてくるが、疲れは感じない。要領のよくなっていく自分への達成感と、笑顔で帰ってもらえることの嬉しさが背中を押している。
（頼もしいわ。短期なのがもったいないくらいね……）
　いつしか無意識のうちに笑顔になっている御巫の横顔を、オーナーのみどりが眺めていた。

　そろそろ出ようかの一声を、八神はついつい先延ばしにしてしまった。女子二人のおしゃべりには花が咲き、さっきからずっとノンストップだ。
　帰りに浅山に勧められた本を買いに本屋へ寄って行こう。どうせだから常闇と浅山も誘おうか……そんなことを考えながら、カップを傾け珈琲の残り香を楽しむ。
　筆談でしゃべりながら、浅山は常闇の幸せのにじむ顔を何度も見ていた。出会ったばかりのこの人はこんなに感情表現の豊かな人だったろうか。
　浅山の書く言葉に笑顔でうなずきながら、常闇は瞳を閉じる。幸せな気持ちを瞳の奥にとどめ、受け止めようとしているようにも見えた。
（私の幸せは、私を受け入れてくれたこの島の人たちに出会えたこと。こうやってふとした幸せを感じられる今があることが、尊くて幸せなんです）
　得難い幸せだからこそ、それを脅かすものは許せない。つらい出来事ばかりに感覚を麻痺させることなく、四季の移ろい、誰かの笑顔。そうした些細な幸せを守り、拾っていけたらと願う。
　口には出さなかったが、今の常闇の気持ちは二人に十分伝わっていた。目一杯に注いだ幸せはあふれ、身近な誰かをも幸せにするものなのかもしれない。
（私は……今日という日を迎えられた事に、感謝しています）
　そんな少女の独白が、口に出さずとも聞こえた気がした。

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秋の日に、ブライトグリーンで

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